Short Story 1

□熱
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半分ほどをお腹に入れて、なんとなく落ち着いた。
差し出されたコップの水で薬を飲む。
お布団の中にもぞもぞ入って、小狼くんのほうを見る。

「寝てるんだぞ。片づけしてくるから」

大きな手を頭の上に置くと小さな子に諭すようにそういった。
覗き込んだ顔がはにかむように笑う。
頭の上の手がはなれ、お盆を手に外に行こうとする。

いなくなる

「行っちゃ。やだ」

反射的に出た言葉

「寝るまでいて・・・。」

自分で言って恥ずかしくなってきた。本当に小さな子供になってしまったみたい。

「寝るまでって・・・。どうしたらいい?」
「あの、あの、本読んで」
「何の本?」

持っていたお盆を机の上に置きなおすと、机の上の本立てを見る。

「何でもいいよ・・・。」

本当に子供だ。いなくなるのが寂しくって引き止めるなんて。

「じゃあ、これ」

ベットの横においていた椅子を少しだけ近づけて座った。手に取って来たのは
『眠れる森の美女』

「それ」
「ん?」
「小狼くん、お姫様やったよね」
「さくらが王子様」

一緒にクロウカードを追いかけていた、小狼くんとは少しだけ仲良くなれたと思ってた。
その頃は、小狼くんも雪兎さんのことが好きだった。
でも、二人でした最初の劇。

「お母さんも、寝るまで読んでくれてたってお兄ちゃんが言ってた。」
「そっか、じゃあ負けないように読まないと」

「昔々・・・」

小狼くんの声は少し低くて、でもおにいちゃんとは違っていて、聞いているとすごく安心する。
いつまでもずっと聞いていたくなる。

苦しいとき、その声を聞くと苦しさが和らぐ。
今も、熱で苦しいはずなのにそんなの気にならなくなってる。
早い鼓動より、小狼くんの声のほうが勝ってる。

ー大好き

ー本のページをめくる指先も、髪も目も。全部好き。

真剣に本を読んでくれている顔を見ながら何度も心の中でつぶやく。
そう思うとなんだか幸せな気分になって、また目の前が真っ暗になってきた。
もっともっと聞きたいのに。

「糸車の針で・・・。さくら?」

静かな寝息に気づいて、本を読む手を止める。

ー寝たな

本にもう一度目を落とすと、子供の頃からある本にしては、読み込まれていないことに気づいた、自分が読んでいたあたりから後ろには、読まれた形跡があまりない。

ー大体このあたりで寝るんだな。

寝つきのよいさくらのことだから、きっと最後まで話を聞くことはないのだろう。

「早く良くなれよ」

さらさらの栗色の髪をなでながらささやくように声をかける。
規則正しい寝息と安らかな寝顔。

ー『さくら姫』だな

幸せそうな寝顔を見るとお話の中のオーロラ姫のようで、このまま何百年も眠ってしまわないかと少し不安になる。

−まぁ、そのときは何が何でも起こすけど。

そう思いながら部屋を後にした。

幸せな眠りが続くように。

おわり
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