Short Story 1

□夕日〜sakura
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「知世ちゃん、小狼くんのクラスに行って来るね」

体育の後の着替えをすばやく済ませてクラスの誰よりも早く更衣室を出る。階段を二段飛ばしで駆け上がって、小狼くんの教室に向かう。
窓際に立つ小狼くんの姿を見ただけで心臓が飛び出しそうで、そのことを気付かれないようにしながら、小狼くんの側に行くと、そっと袖を引いて話の輪の中から離す。

「あのね、知世ちゃんが遊園地の招待券くれたの、一緒にどうかな」

二人だけで向かい合うと、ドキドキする心臓を気付かれないように、落ち着くように自分に言い聞かせて次の言葉を続ける。

「ご用とかあって、だめならいいんだけど?」
「いつ?」

そう聞き返してくれた小狼くんの顔は本当に優しくて、自分がここに来た事がよかったと思わせてくれる。

「今度の日曜日はどうかな?」
「多分、大丈夫」
「じゃあ、約束。」

いつものように小指を差し出しそうになるのを押さえていると、不意に小狼くんの視線が胸元にあるのにきがついた。

「さくら。さっきの時間体育?」
「ほえ?」
「タイが曲がってる」

細いタイを少し大きめの手が、まっすぐに直してくれる。タイを触れただけなのに、そこから全身に熱が伝わってきて、自分でも信じられないぐらいに体が火照る

「ありがとう」

そういうのがやっとでうつむいてしまう。

「夜に電話するから」
「うん。待ってる」

不意に耳元でささやかれた言葉がすごく嬉しくて赤い顔をしているのも忘れて小狼くんの顔を見つめてしまった。
そらす事のできない瞳。ゆるぎなくまっすぐと見つめてくれる。
その瞳をいつでの感じていたい。

小狼くんが日本に帰って来てから、一人でいることがこんなに寂しいことなんだと改めて知った。
二人きりで帰った日のことが忘れられなくて、つないだ手のぬくもりをもう一度感じたくて、何度も声に出してしまいそうになる。
『一緒にいて』
口にしてしまえば簡単な言葉なのに、小狼くんの前に行くと言葉が出なくなってしまう。
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