Short Story 1
□いつか
2ページ/3ページ
カタン
教室のドアが小さく開かれ、その隙間から翡翠色の瞳がのぞいた。
「小狼くん」
少し弾むような息を整えながら、名前を呼ぶとゆっくりとドアを開け、教室の中に滑り込む。
「さくら」
「よかった、まだいてくれて」
ゆっくりと小狼に近づいてゆくさくらの顔はほんのりと赤くそまっている。
「大道寺と帰ったんじゃ」
「知世ちゃんがね。ちゃんとお話しなさいって」
今日はじめて小狼との視線を合わせながら、さくらは赤らむ顔を感じていた。
目の前に立つ小狼は暗く、いつもの彼とは違いなんだか子供のように小さくなったように感じられた。
「今日、ごめんね。」
「・・・」
小狼はさくらからの視線から逃れるようにうつむき、顔を伏せた。
「恥ずかしかったの」
その一言で小狼は夢のことを思い出した。
いつもなら自分の部屋にさくらを入れたりはしない。
それなのに、自分の部屋に立つ彼女の無防備な姿を目にし、今まで押さえていた感情が
あふれてしまった。
あれは夢のはず、それを彼女も見てたとしたら。
一気に体温が上がり、今日一日のさくらの行動が理解できた。
お互いに赤い顔をしながらうつむく。
その二人の間を夕闇が包んでゆく。
「いつか、さくらとそうなりたいと、思ってる。でも、さくらがいやなら。」
小狼の口からやっとのことで出た言葉。
帰り際に見せた、さくらのおびえたような目が思い出され、きっと夢の中の自分がさくらを怖がらせてしまった。のだと。
「もう、そばにいかないから」
そばにいたいと思う、強く。
お互いの肌のぬくもりを感じられる距離に近づき愛し合いたい。
でも、彼女が離れたいと望むのなら。自分はどうすることもできないと思う。
一方通行の思いが残るだけだ。
「違うよ。」
小狼の唇に自分のそれをそっと重ね、強く押し付ける。そのすきまからそっと小狼の中に入ってゆく。
初めてされたさくらからの深いキスに小狼は戸惑いながら、答える。
そのキスは、おびえていた自分の心と溶かすには十分で、彼女のそばにいていいいのだと教えてくれる。
「小狼くんのそばにいたいの、もっと近くにって思う。でもそんなこと思う自分がいやらしくて、はずかしくって逃げてたの。ごめんね」
小狼は自分の胸の中で潤んだ瞳を向け、そう告白する彼女を強く抱きしめた。
「よかった。もうさくらに触れないかと思った。」
「そんなことになったら、さくらのほうが困るよ」
お互いに笑いあい、今日一日の隙間を埋めるように寄り添う。
「帰ろう」
どちらともなくそういうと、手を取り合い暗くなった教室を後にした。
お互いのぬくもりがそばにある、そう思うことが自然で当たり前に思える日まで。
いつかそう思えるまで
二人寄り添い歩いてゆこう