謙光・千石攻め
□『recollection』
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「…謙也さん」
「なん?」
「なんでそないに幸せそうなんすか?」
「は?
なんで、て決まっとるやん。分かっとるくせに」
「…分からんから聞いとるんすわ」
「よう言うわ。昨日のこと忘れたとか言うんちゃうやろなー」
「………」
「……光?」
「………」
「…え、ほんまに?…忘れ、とる?」
「…忘れた、てか覚えとらんのすわ」
謙也さんの顔から笑顔がどっか行ってしもて代わりに目をまん丸くした。開いた口が塞がらんてのはこういう表情を言うんやろか。
「え…ど、どこから?」
「…俺の誕生日を祝ってくれとったのは覚えとるんすけど、ケーキ食べた辺りから先が…」
「………なんにも?」
「はい」
「…あー…そーか」
謙也さんのこの変わり様。ほんまに俺なんかしてもうたんかもしらん。
「あ、あの…俺、なんかしたり言うたりしたんかもしらんけど、気にせんといて下さい。…ほんまになんも覚えてないんで」
「気にせんで…か」
「え?」
「あ、いや。そ、そーかそーか。記憶無かったんかー!そら大変やったな!俺なんも知らんで色々喋ってすまん!」
そう言うて俺から1歩後ずさる。起きてから今までどこかしら触れとった手も離れていった。…これが普通の状態やのに酷く寂しく感じる。
「謙也さ…」
「あ、あのな!ケーキ食べとる時にオサムちゃんが持ち込んだ酒を間違えて飲んでしもてな。で、光酔ってもうて…色々、あったんや」
「色々?」
「あ…いや、大したことあらへんで?覚えてなくても困らんくらいしょーもないことやから。気にせんでええわ」
「せやけど、」
「ええねんええねん。酒なんて持ち込んだオッサンが悪いんやから。気にせんとき」
そう言ってさっきと同じく頭を撫でられる。
…せやのに。なんでやろう。さっきみたいな包まれるような優しさは感じられへんかった。
「あー…お、俺ちょおコンビニ行ってなんか朝飯買ってくるわ。光も腹減ったやろ?」
「え…あ、はい」
「今日の部活は休んでええ、て蔵から一斉メール来とったから朝飯食って家帰ってゆっくりしたらええわ。…ほな、行ってくるな」
あまりこっちを見ずに出掛けて行こうとする謙也さんに不安を抱くけどなんて言葉を掛けたらええか分からへん。
「…光。ちょっとだけでも夢見れて俺は嬉しかったわ」
ドアから出ていく直前にそう呟いて背中が消えた。
…なんや。今のは…どういう意味?明らかに途中から変わった謙也さんと俺の周りの空気。やっぱり昨日なにかしてもうたんや。
─今。
今、なにか行動を取らんときっと後悔する。そう俺のカンが言うとった。
ふ、と視線を上げると着信を示した俺の携帯が転がっとる。さっき部長から一斉メールて話しとったからそれやろう。昨日何があったかを知っとるハズの部長に連絡を取ろうと携帯に飛び付いた。
「ん?」
一斉て言うとったのに宛先には俺1件だけ。俺にだけ別に送ったんやろうか。
決定ボタンを何回か押して俺の目に映ったのは─。
───────
「謙也さん!」
「っ!…ひ、光?どないした?」
スピードスターらしくなくノロノロと歩いとった謙也さんにはすぐに追い付くことが出来た。
「あ、あの…俺、」
「…光も一緒に行きたかったんかー?言うてくれれば良かったのに」
そんな顔で笑わんで。いつも通りに笑てるつもりかもしらんけど俺の目は誤魔化されへんよ。…ずっと見てきたんやから。
「謙也さん」
「ん?」
「俺…覚えとらんけど、昨日言うたことは嘘やないっすよ」
「え…」