リクエスト
□想いのカタチ
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─え。
「神尾…今日も来た」
「…おぉ。分かってるよ」
近頃、不動峰中の放課後は黒い学ランに混じって1つだけ白がいる。
「神尾くーん!!」
コートのフェンスに張り付いて満面の笑みでぶんぶん手を振っているのは、
「千石清純、今日も参上ぉー!」
自分で名乗った山吹中のエース。
前に一度対戦してからと言うものどうしてか俺に会いに来るようになった千石さん。…さすがに今日は来ないと思ってたのに。
最初は橘さんが自分の部活に出ろ!と追い返してたけど、イメトレがどーのとか、部長には了承済みだとか、言いくるめられたのか今では何も言わなくなった。他のみんなも普通に会話してるし…慣れってすげーな。
今も当たり前のように、俺と千石さんを残してみんな帰っちまった。おかげで千石さんが来た日はほぼ俺が鍵当番だ。
「千石さん、今日も自分の練習良かったんすか?いい加減怒られるっすよ」
「だ〜い丈夫だって!南って理解ある部長サマだから」
…絶対千石さんが言いくるめてるんだろうな。なんたって橘さんを黙らせられるくらいだし。
「…それにね?一応、今日だけは部活休んでもいいことになってるんだ。…俺」
「え?」
「…え、えへ?」
─あ。
…そっか。今日が、2月14日だから。バレンタインだから。
千石さんは山吹中一女子と仲がいいんだって南さんから聞いたことがある。
『あいつ、女子には例外なく優しいだろ?その上ムカつくことにルックスもスポーツも申し分なくて、更にあの軟派なとこも話しやすいって女子には受け入れられてんだぞ!?』
…これで人気が無いわけが無い。うちの女子が「千石さんってイイよね」って言ってるのも聞いたことがあるし。放課後に少ししか来てないのに…いつ関わりがあったんだか。
「千石さんが部活に出たらチョコを渡そうとする人がたくさん来ちゃうからっすね」
…それに、軽く見えて実は真面目だから、貰ってハイ終わりじゃなくてちゃんと相手してあげて部活どころじゃなくなるんだろうな。
「いやいや!そんなに貰わないと思うんだけどねー、南が一応ってさ」
「…もう十分貰ってると思うんすけど」
そして、来たときから持ってたその紙袋にはそうやって貰ったチョコが入ってるんだろう。
「え。ち、違うよー!これ全部友チョコだし!チョコはチョコでも義理だよ義理!」
「そんなの分かんないっすよ」
「分かるって!ほら見てよこれ。あ、これも」
差し出されたチョコを見てみると1つは中が見えるようになっててデカデカと『義理』の文字が。もう1つも添付のカードに『女テニ一同より』と書かれてた。
「あ、マジっすね」
「でしょー?俺、女の子にも友達が多いだけで特にモテる!てなわけじゃないからね〜」
人気=モテる、じゃないらしい。
…そっか。そうなんだ。
「…でも、義理だとしても渡せるんだからいいよなぁ…」
「え?なにか言った?」
「いや、なんでもないっすよ」
どれだけ想いを抱えてても渡せないやつも世の中にはいたりするんだ。
「でね!伊武くんから聞いたんだけど、神尾くんはいつも鞄にチョコ入れてるくらいチョコ好きなんでしょ!だから食べるの手伝ってくれない?義理だし、お願いっ」
「あぁ〜。だからバレンタインなのに俺のとこ来たんすね?今日は流石に来ないと思ってたんで不思議だったんすよー、やっと分かった!いいっすよ、食べれるだけ食べます!」
捨てるとかしないとこがまた千石さんらしい。
「…それだけで来たわけしゃないんだけどなぁ」
「え?」
「う、ううん!
さっ、好きなのから食べてよ!」