謙光・千石攻め
□『recollection』
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7月21日。
今日から夏休み。
学生特有の長期休みに大体のやつはテンションが上がる。せやけど暑いのが嫌いで夏が好きやない俺のテンションはいつもと変わらん。…ハズ、やってんけど。
……なんでや。
只今、俺。財前光、ちょおテンパってます。
いつものように朝目が覚めた俺は周りの景色が違うことに気付いた。天井が違う。布団が違う。寝間着が違う。
…そして決定的に違うのは、シングルのベッドに俺一人や無いってこと。
…そして俺の隣に寝とるもう一人がこの部屋の本当の住人……謙也さんやった、てことや。
…いやいや。ちょお待て。なんやこの状況。おかしいやろ。謙也さんちは何回も遊びに来たことあったから一目でどこにおるんかは分かったけど泊まったことなんてあらへんし、まずなによりなんで一緒に寝とんねん。隣におるのに気付いた時に声を出さんかった俺を褒めてやりたい。いや、想い人のドアップ見て叫ばんなんて絶対褒めるべきや。うん、よおやった俺。
テンパった頭で意味の分からんことを考えながら昨日の出来事を必死に思い返す。
…昨日は終業式が終わった後、部活も休みやったのに俺の誕生日を祝ってくれるとかなんとかでみんな部室に集まって騒いどった。先輩らがそれぞれプレゼントをくれたりケーキを用意してくれたりしとって。
その証拠に部屋の隅に置かれとる俺の鞄から部長に無理矢理渡された健康グッズが見える。てことはこの記憶までは合うとるハズや。
…で、それからの記憶が…無い。
「…あ、起きたん?光?」
「─っ!?」
いつの間に起きたんか眠たそうな目を開けてこっちを見てる謙也さんがおった。
「え…あ、お、おはようございます…け、謙也さん?」
「おー、おはよ。なんや?」
「え…あ、あの…」
なんや?ちゃうやん。
…この手はなんや。ベッドに腰かけとる俺の腰に回るこの手はなんや。
「あぁ。おはようのハグやん。あかん?」
…俺はまだ夢の中におるんやろうか。伝えられへん俺の想いが見せてる都合のええ夢?
せやけど伝わる温もりは本物みたいや。
「…あ、あかんわけちゃいますけど…」
「せや。こんなんしとる場合ちゃうかったな。光もう大丈夫か?頭とか痛ない?」
「…頭?」
パッと離れて今度は心配そうに聞いてくる言葉の意味が分からへん。
それに離れた思たら次は顔覗き込んで来て…顔、違い近い。普段からスキンシップ多い謙也さんやけど今日はやけに激しい。
…試されとるみたいや。
「オサムちゃんも悪気は無かったんやろうし許したってな」
「はぁ…?」
オサムちゃん?なんかしたんか?あのオッサン。
「…せやけど。ほんま昨日の光の破壊力は半端無かったっちゅー話や。耐えた俺を誉めて欲しいわ」
「…なんすか」
「なんや?覚えとらんとかそういうボケは無しやでー」
そう言いながら頭を撫でてくる謙也さん。この行為も普段からやられてるのよりも優しく感じるのは気のせいやろうか。それに破壊力やら耐えるやら意味が分からん。
「俺んち泊まるて聞かんし、俺の服着る言うし、一緒に寝る言うしやな…ほんま勘弁して欲しかったわ」
「は…?」
…なん、やて。
俺が…そないなこと言うた…?むっちゃ迷惑かけとるやん。耐えた、て怒るのを耐えたてことか?そらそうやんな。最悪や俺…。
「…す、すんません。すぐ脱ぎますわ」
「あーええねん!着とき着とき!これこそ男のロマンっちゅーやつやろ」
「はぁ…?
謙也さん…怒っとらんのすか?」
「へ?なんでや?なにに?」
あれ。怒っとらん…?なんでや。てかじゃあなにを耐えたんや?
…つーか、なんでこんなにも笑顔なんやろう。いかにも幸せそうな笑顔。なにもかも全部分からんことばっかりや。