☆神堂家のお茶の間☆
□鳥の歌:春とはじめてシリーズ.8
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そんな中、忙しい神堂さんに会う時間がとれたのは、発表会前日のわずかな時間だった。
大学にほど近い隠れ家的な喫茶店で待ち合わせた。
この店はレトロな古いこじんまりとしたジャズ喫茶で、50代の渋くかっこいいマスターが一人で経営していた。
店内は数人座れるカウンターと、二人席のテーブルが3つほどしかなく、私たちが待ち合わせた夕方は客はいなかった。
マスターは私たちがここで待ち合わせするのをすでに何度も協力してくれていた。
私が待ち合わせ時間ギリギリ駆け込み、ドアを開けると、マスターの優しい声が迎えてくれた。
「いらっしゃい。お連れがお待ちかねですよ」
「マスター今日は。」
息をきらしぎみな私がそう挨拶をすると、マスターの前に座っていた神堂さんが振り向いた。
「やぁ。」
端正な顔が私に向けられ、あの神秘的な眼差しが私の視線とぶつかった。
相変わらずドキドキしてしまい、思わず顔が熱る。
「長くお待たせしちゃいましたか」
気持を隠そうとどうにか言うけど、彼にはばればれ。フッと笑われる。
「いや早く来すぎたのは俺だから。それにマスターと会話を楽しんでいたから」
そう、神堂さんとマスターは話しが合うらしく、それも、この喫茶店を待ち合わせにする理由のひとつだった。
カウンターの背の高い椅子に腰掛けている神堂さんの隣に、私も爪先立ちして半ばよじ登る形でなんとか椅子に収まった。
このカウンターの椅子座りにくいんだよね。
でも神堂さんは背は高いし、足も長いから平気なんだろうなとぼうっと考えていると、
「明日聞きにいけそうだよ」
と突然言われてはっとする。
「ほ、ほんとに?」
つい勢いこんで聞き返す私に神堂さんが微笑んでうなづく。
「嬉しいっ!この曲だけは、神、っ、春に聞いて欲しいって思っていたから。」
つい苗字で呼びそうになったのを、慌てて言い直して、彼の名を呼ぶ。
まだちょっと恥ずかしいのだ。
でも神堂さんが満足そうにうなづくのを見てほっとする。
「『鳥の歌』だったかな。」
「うん、もう一曲小品を弾くんだけど、この曲は特別なの。」
マスターが私の好きなアイスのハーブティを出してくれながら興味深げに言う。
「カザルスの『鳥の歌』はいいですよね。私も彼の演奏は大好きですが、あの曲は別格ですな。」
「俺もあの曲は好きだけど、君がそこまで特別だと思っていたとは思わなかったな。何か思いいれでもあるの?」
神堂さんのその質問に、私は過去のあの日々のことを思い返していた。
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