イブはアダムを裏切った
しねたで嫌われで氷帝の破滅。
ある人の恋人。
びっくりするぐらい性格が悪い。

1.彼女のおしまい
環境こそ一変したが、私自身が特に感慨を抱くわけでもなく、日々をただ生きるだけの日常に変わりはなかった。

怪我は増えたがどうせ治る。
心は特に傷つかない。

変化はない。
けれど、終焉が近付いてくることを予感してはいた。

「何とか言ってみたらどうだ」

「……そうね、」

けほ、と蹴られた腹を押さえて息を整える。今のところ、大体は予定通りだ。この痛みだけは予想以上だけれど。(たぶん肋が何本か折れているだろう)
痛みを堪えてなんとか微笑んでみせれば、以前は仲間だった彼らは不快そうに眉を寄せ、最初から敵だった彼女は目を吊り上げ、……愛しい彼は、つぶらな瞳を不安そうに揺らしながらこちらを見ていた。
この気持ちが、彼に伝わればいいのに。
せめて心配しないで、と微笑んで、乾いた唇をゆっくりと開いた。

「貴方達は絶対に裏切ってはダメよ。その女が善であろうと悪であろうと、肯定し続けなくてはダメ。
彼女が正しいという免罪符を得ているから、私への暴力が見過ごされている以上、ね」

意味のわからないことを言うな、と、また新たな理由を手に入れた彼らは、私の体を突き飛ばした。強く、強く。
私が誘導したベランダへと、力強く。

「あ―――!」

私の胸ほどまでの高さしかない柵へ向けて突き飛ばせば、どうなるか。それくらい、少し考えればわかっただろうに。
本当に、馬鹿だ。
息を呑むような声をバックに、私の体は柵を越えて虚空へと投げ出された。

落ちていく直前、こちらへと伸ばされかけた手を見て微笑んだ。ああ、やっぱり、君はどこまでも純粋だ。
その潔白を汚すであろう者が自分であることに悦び、汚れゆく様を見ずに済むことに安堵した。

私の感性は歪んでいる。他人に傷付けられることはないからか、他人を傷付けることに抵抗はなく、むしろ快感を覚えてしまう(それは心に関してのみだけど)。最低だと詰る彼等は、根拠が違うけれど正しいのだ。
私は、最低で、最悪で、下劣で、外道で、下衆だ。

だから、君がそんな顔をするような価値はない――そんな、悲しそうな顔。

私の一番大切な人。最後に見たのがその人の、悲痛に歪む顔なのは、私への唯一最大の罰だろうか。
そんな顔をさせてしまったことにだけ、口から溢れ出る血に混ぜてごめんなさいと呟いた。

(それは、私が死んだ日のこと)








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