09/08の日記

15:24
徒然なるままに。
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聖地巡りの報告をすると言いつつ、全く出来ていないこの状況…。
というか、東京から帰って以来、デジカメを全く触っていないんだから、報告も何もって感じ…。
9月末までは、平日は仕事、土日は卒論再編に追われてると思うので、どうも更新は出来ない気がします。
ってことで、せめてもの日記更新…。


黒執事を毎週見てます。
何しろダーカー脚本の岡田さんですからね!(ぇ、そこ?
しかし…はっちゃけてるなぁ、執事
水樹さんと桜井さんをどういう位置に持って行くのかと思いきや。
こうなるのか…って感じでした。意外。
最後までペアはペアのまんまだと思っていたので。

いやぁ…桜井さんのはっちゃけっぷりが大好きです。
ちょっと小野さんが影を潜め気味で残念ですが。



よし、黒執事も語ったし。
ダーカーの話をしよう。
岡田さんと言えば。
札幌を沈めたことでお馴染みですが。(笑
なーんで札幌に大穴あけちゃったんだろう、って思ったことがあります。
別に大穴なんてなくても話は進むじゃないですか。
だから、わざわざ大穴を作った意味っていうのを考えてしまうわけですよ。
考えたからって、答えが出たわけじゃないんですけどね。(笑


学者が物語を考える時、そこに作者の本当の意図は要らないそうです。
作者は、物語の中のみに、全ての表現と意図を織り込むべきであり、
あとから「あれはこういうことを表現してるんだ」とか言うのは迷惑だという。
話をあとからあとから「やっぱりこうだった」なんて書きなおすのはもっての外。
だから、作者が死んで、もう作品が不変となったものの方が、研究がしやすいのだとか。

あ、これは私卒業した大学の近代文学研究をされてる先生の言い分なんですがね。


でも確かに、せっかく解釈した作品をコロコロ変えられると困るのは分かる。
ダーカーだって、DVDでは黒は対価を必要としないのに、
ブルーレイ収録のときは「やっぱ対価ありにしようよ」とか言って、
いきなり対価が出来ちゃったりしたら、すごく困る。

じゃあ、解釈はどうだろう。
作者から「あれはこういうことだ」って言われたら…。
私はむしろ嬉しい。
そうだったのか!って納得します。

この岡田さんの札幌大穴もそう。
たとえ作者が「面白いから大穴開けちゃえ」と思って作った設定だとしても、
見てるこちらは、そんなこと関係なく解釈付けるわけです。
で、本当はこうだったんだよって教えてもらう。
「へーそうだったんだ!」と納得する。

これが研究者なら、「なんだよそれ!今までの俺の研究を返せ!」ってなるんでしょうが…。


こういう、本編に影響を与えない小さな設定が、ダーカーの世界や空気を作りあげているわけで。
どういう経緯で、そんな些細な設定が出来上がったかが分かるのは、すごく嬉しい。



……ん?
何話したかったのか分かんなくなっちゃった。
…もう打ち止めにしとこ。

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