短編

□妖精の媚薬
1ページ/35ページ



 ある時代、ある国ある街のある貴族の屋敷に、美しい娘が在りました。娘はその名をアメリアといい、美人は心根も清らかとはよく言ったもので、大変美しい心の持ち主でした。まるで天使の羽根のようにやわらかなブロンドの髪が腰まで垂れているのが娘の大変な自慢で、人々はみな彼女の美しい髪を賞賛しました。

 このアメリアには、彼女に恋慕している男がふたり在りました。


 ひとりはダニエル、これも貴族の出で、美しく正しい心根の持ち主でした。アメリアに愛され、ふたりはとても幸せでした。ダニエルは毎日アメリアを訪れ、晴れた日には美しい花が咲き誇る庭の小道をしばらく歩き、大きな噴水の前のベンチで過ごすのでした。両家の両親もふたりの仲を認めており、結婚は秒読みで、街では明日にも式が行われるに違いないともっぱらの噂でした。

 もうひとりはアラン、誠実ですが引っ込み思案で、アメリアの屋敷の正面に住んでいた男でした。長年アメリアを慕ってきましたが邸の外へ出ていく勇気がなく、自室の窓から仲睦まじい恋人同士の後姿を見つめることしかできずにいましたので、アメリアは彼に気持ちを寄せるどころか、彼の気持ちに気づくことさえありませんでした。


 アメリアの屋敷の隣にも貴族の屋敷が在り、そこにも娘が在りました。波打つ豊かな黒髪が見事な娘で、名をセレーナといいました。彼女はダニエルに横恋慕しており、美人は性根が悪いとはよく言ったもので、大変ひねくれた心の持ち主でした。アランと同じように自室の窓から恋人同士を見下ろしていましたが、憎い恋敵を呪うような瞳で睨み付けていました。




 そんな彼らの姿を見つめる影がふたつ在りました。


 ひとつは背中に美しい黄金の羽を持つ女妖精のエラ。妖精の居場所は人間たちのそれとはとても離れたところに在りましたが、彼女は気ままに飛び回っていたある日、迷い込んだ先で人間の住む場所を見つけたのでした。エラは空想好きで「美しい愛」というものに憧れを抱いており、ダニエルとアメリアという清らかな心で愛し合う人間の男と女を見つけた瞬間、ふたりを心の底から愛するようになりました。

 もうひとつはエーミール、これは背中に銀の羽を持つ男妖精で、ダニエルとアメリアを見つけたのち、しばしば姿を消すようになったエラの後をつけ、人間の住む場所に辿りついたのでした。


 しかし、妖精社会では人間に接触することは禁じられていました。妖精たちの間では美しい羽を所持していることが高等な生物である何よりの証であったからです。そのため、野蛮で欲望と図体ばかり大きく羽も持たずに地べたを這い回る人間はこの世で最も醜い生き物と考えられており、そんな人間に少しでも関わると妖精社会に不吉なことが起こる、という昔から伝わる話を信じていました。


 エーミールは信心深い方ではありませんでしたのでそんな昔話は気にしたことがありませんでしたが、妖精こそ高等で人間こそ下等な生き物だという考えは持っていましたので、エラには人間に関わると碌(ろく)なことがないと冗談交じりに忠告してきました。しかし、エラがまったく聞く耳を持たないので諦め、黄金の羽を持つお嬢様が、とからかいました。

 エラの黄金の羽は、妖精社会で最も高貴な生まれであることを示すものだったからです。そんな彼女が木の葉の陰から人間を覗き見していることが知れ渡れば、妖精社会は混乱に陥ることが容易に想像できました。

 エラは、エーミールが皆に密告するのが目的なのではなく自分をからかっているだけだということが分かっていましたので、エーミールの忠告を特に気にすることはなく、他の妖精たちの目を盗んではアメリアの庭へ通うのでした。

 エーミールもエラが姿を消すとあとを追ったため、妖精たちの間ではちょくちょく姿を消すふたりの身分違いの恋が囁かれていました。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ