短編

□妖精の媚薬
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 そんなある日のことでした。いつものようにダニエルとアメリアが庭の小道を通っていくのを、エラはいつもの木の葉の陰から身を乗り出して覗いていました。別の枝の木の葉の陰にはエーミールが居ましたが、こちらは面倒くさそうに枝に寝そべっていました。

「ったく、人間なんか見つめて、何が面白いのかね」
 エーミールは勘弁してくれ、というように言いました。

「あなたには分からないわよ」
 エラは人間から目を離さずに言い返します。

「そんなに熱心に見つめちゃってさ」
「誰の迷惑にもなっていないわ」
「あんまり見つめていると、バカがうつるぜ」
「そんなことないわよ」
「妖精界一のお嬢様が覗き見なんて、しかもその対象が人間だなんて、みんなが知ったら何て言うかね」
「はいはい、好きに言いなさい」
「あんまりここに居ると、お咎めくらうぞ」

 エーミールはまったく取り合わないエラに、何の気もない風を装って言いました。半分はからかいですが、半分は本気でした。
「…わかっているわ」
「わかっているなら…」
「しーっ!」
 エラはエーミールの言葉に僅かばかり現実に戻りましたが、ダニエルがいつもと違う様子を見せたので尚も言いつのろうとするエーミールを制止しました。


愛し合う恋人たちはいつものように美しい庭の小道を歩いて噴水の前まで行きましたが、ダニエルはベンチへ向かおうとするアメリアを制止し、素早く跪きました。

「アメリア。今日こそ僕は、君にはっきりさせるよ」
 ダニエルはアメリアの両手をきつく握りしめました。
「君と出会ってから共に過ごしたこの日々は、とても素晴らしいものだった。これから先の長い人生も、君と共に過ごしたい。幸いなことに、僕らの両親もふたりの関係を認めてくれているし、街の人たちも、僕らが結ばれるのを今か今かと待っている。僕らの恋路を邪魔するものは何もない」

 ダニエルはそこまで言うとアメリアの手を握り直し、大きく息を吸いました。
「だから、アメリア。…僕と結婚しよう。イエスと言ってくれるね?」

 アメリアは突然のことに呆然としていましたが、真摯な瞳で見つめられ、我に返りました。そして、涙を流しながらくずおれるようにダニエルの前に膝をつきました。
「ええ、ええ、ダニエル。イエスって言うわ。わたし、イエスって言うわ!」
「ああ、アメリア!」
 ふたりは地べたの上で固く抱き合うと互いに見つめ合いました。

 しばらくの後、ダニエルはポケットから小さな箱をそっと取り出すと、
「受け取ってくれるね?」
「ええ、もちろんよ」
 アメリアのほっそりとした指に指輪をはめました。
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