短編

□妖精の媚薬
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 そんなふたりを見ていたエラは、徐々に湧き上がってくる緊張感と共に羽を動かし、それが最高潮に達すると、あたかも自分が結婚を申し込まれたかのように興奮して飛び回りました。

「ついに!ついに結婚だわ!エーミール!今の聞いた!?」

 エラはエーミールが横になっている枝を激しく揺すりました。

「わっ、ばっ、こら止めろ!」
 エーミールは慌ててしがみつくも体が滑り落ち、腕で枝にぶら下がりましたが、エラは尚もその腕を揺さぶりました。
「ねえ、今の聞いていたでしょ!結婚よ!結婚よ!ついに結婚なのよ!」
「やーめーろーよ!落ちる!こら揺するな、エラ!」
「はあ、なんて素敵なんでしょう…」

 エーミールの制止を聞いていたのかどうか、エラは揺すっていた手をパッと放すと、そのまま指を組んでうっとりとしました。

 その拍子にエーミールの腕は枝から離れ、エーミールは慌てて羽をばたつかせるとエラの隣に並びました。


「ああ、幸せなふたり。美しい愛。素敵だわ…!」

 エラは人間たちがいつにも増して幸せそうに邸に戻ってゆく背中を見つめながら溜息のように言いました。

 エーミールは何か言いたそうにエラを見ましたが、結局溜め息をひとつ吐いて終わりました。


「結婚式はいつかしら!ね!」
 そんなエーミールにエラは迫り、
「ふん。教会を豪勢に飾り立てるのに夢中で、気が付いたら棺桶の中だろうさ」
 エーミールは面倒くさそうに言い返しました。

「いいなあ、結婚式。素敵だわ…」
 エラは嫌がるエーミールの腕を無理やり取って寄り添うと、人間たちが去った小道を見つめました。



 その時です。



 ふたりの後ろから、何かものをぶつけたような鈍い音がしました。

 ふたりが驚いて振り向くと、隣の邸のセレーナが窓辺に佇んで、さっきまでダニエルとアメリアがいたところを睨み付けていました。

「結婚ですって…。この私を差し置いて、結婚ですって……!」

 セレーナは低い声でそうつぶやくと、ほとんど無意識に両の拳で窓際を強く叩きました。
 さきほどの音はこれだったようです。


「セレーナだ…」

 エーミールはつぶやくとエラの腰を抱いて近くの葉に隠れました。エラもおとなしく従います。


 もし性根の悪いこの女に見つかったら、何をされるか分かりません。

 豊かな黒髪を膨らませ、美しい貌に憎しみを湛えてまなじりを釣り上げたその形相は、まるで魔女でした。


 エラはダニエルとアメリアという清らかな心の人間を知っていましたので、他の妖精のように人間を野蛮で醜いなどとは考えていませんでしたし、妖精社会に伝わる昔話をほとんど信じていませんでした。しかし、セレーナを見るとそれを思い出すのでした。


「ダニエル…。あなたのためなら喜んでこの命を差し出せるのに、どうしてアメリアなんかと…。どうしてわたくしではないの。……アメリア…許さないわ…」
 セレーナはアメリアの邸を睨み付けました。
「ダニエル…きっと、あなたを手に入れて見せる。あなたと結婚するのは、このわたくし…」


 エーミールはそっとエラを促し、アメリアがいた所を睨み続けるセレーナを残して、ふたりは静かに去りました。
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