Book・Clap

□宿題
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昼休みが明けて、今の時間は移動教室。
確かどこかの偉い人が講演に来るらしい。


チャイムは何分も前に鳴った。
本来なら生徒は講堂にいるはずなのに、なぜかゾロとわたしは教室に残っている。


「行かないの?講堂。」


隣の席の、何でも余裕な顔してこなすゾロから何やら必死さがにじみ出ている。

珍しくて眺めてしまう。



「それどころじゃねぇ。」


顔も上げずに返される答え。

言葉の通りそれどころではなさそうな、とびきり強いらしい剣道部員はしきりにシャーペンを走らせている。



「なにやってるの?」


「現文。宿題。明日出すやつ。」


言った途端に頭を抱えて、うーんと唸り始める。

番犬みたいに強い犬が、もしご主人の双子の兄弟を目にしたらこんな風に悩むのだろうか。


そもそも、

「何で今やるの?」


帰ってからやればいいのに。宿題なんだから。


「現文は明日の一時間目だろ。部活して帰って寝て…、時間ねぇ。……なぁ、これって何て読むんだ?」



手渡されたプリントに目をやる。


「…キンキジャクヤクじゃない?」


「おぉ、助かった。」



全校生徒の前で表彰された時も、体育祭のリレーで何人も抜いた時も当たり前みたいな顔していたのに。


宿題のプリント数枚で唸って困って、今は口元を緩ませて笑っている。

そんな表情全然知らなかった。

胸がきゅっとなった。

知りたい、と思った。


それからゾロの色々な表情を知っている人は誰だろうと考えて、その人たちを急に羨ましくも嫉ましくも感じた。



また宿題の答え聞いてこないかな、と淡い期待を持ちながら、気を紛らわすために読みかけの本を開く。



この気持ちに名前が付くのに、沢山の時間はいらないだろう。

自分でも分かる。




「―なぁ、この文法って―――」



さらりと涼しい風が頬をかすめた。


fin

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