Book・Clap

□捻くれ
1ページ/1ページ



長い航海の最中、およそ身体に染み付くことのない香り。


瓶のラベル。
華やかな字体が告げるのは“Lily”。


わたしはいつもあなたと寝る前、清楚な香り芳しい瓶詰めのクリームを丹念に塗り込む。

あなたが触れ、キスをするところに、余すことなく。


「……、プリンセス、」


もっと触れて。胸の真ん中に。
もっとキスを落として、舌を這わせて。その鎖骨に。

あなたに、清楚とは程遠く淫したわたしのこの花の香が染み込むように。

わたしを抱いたその後にも、

「……きみは、まるで百合の花、」

あなたの体温で立ち上ったこの花を思い出せるように。




乾きと潤みをはらんだ左目を確認して、わたしは瞼を閉じた。


瞬間、嗅覚を何かが通りすぎる。


花でなく、清らかとも違う。けれど、とても良く知る安らかな。


「気高く、可憐なプリンセス」


――煙草。



「……サンジくん。咲かない百合は、ただの草」
「咲いているさ。今、そのたおやかな花弁に……、口づけたところさ」


「それは花弁じゃないわ。わたしは、百合の振りをしていたのだから。……あなたに咲く百合の。……でも、ね、」
「なんだい?」


「サンジくんは草にも手を付ける。……草にこそ、唇を落とす」
「……、煙草?」


「お願いサンジくん。……わたしの葉を乾かして、詰めて、……そして火を付けて、吸い込んで」
「おれは今、……百合の根から水を吸って、どうしようもなく潤んでる。……みずみずしい白い花を乾かせやしないよ」


「……」
「……乾いた煙草の葉は、おれだよ。おれだけで十分さ。……だから、プリンセス……、おれのこの渇きに、その真白に澄んだ潤みを」


――きみは、紛れもなく優雅な百合だから。


fin

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ