Book・Clap
□はつひ
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綺麗に合わさった右と左の掌、真っ直ぐに伸びた指も美しく合わさって。
短い爪。
皮膚は少し乾燥しているようだ。
瞼は自然と閉じられていて力みも緩みもない。
意外に長い睫毛は微かに揺れもせず。
いつも寄せられている眉間の皺も今何処。
口も閉じられてこそいるがへの字は見えない。
三連ピアスはかちりとも鳴らない。
ゾロだけ時が止まってしまったかのようで、ともするとこの世界で動いているのはわたしだけかと錯覚しそうになる。
けれどとめどない穏やかな波の音がそれを否定する。
そして、尚揺るがないその姿を照らしているのは夜明け兆し。
その気配はどんどん実態へと変化し、厳かな光が藍色の空を漂白していく。
その光景に息を飲む間に朝日はわたしたちへ、この世界へ新しい年をもたらした。
遅ればせながらわたしも真似て手を合わせれば、こころの波は凪いだ。
――どのくらいそうしていたのだろうか、二人並んで。
ふと隣から動く気配を感じて見遣ると、悪戯を思いついた犬のような眼とかちあった。
「――おれと一献やらねぇか」
ご機嫌な声色。
「いいわね」
「そうでなけりゃ嘘だ」
先程までの荘厳さはどこへやら。
煩悩の塊に変身したゾロは腹巻から小さな酒瓶を二つ取り出し、一つをわたしに寄越した。
悪戯な笑顔がよく似合う。
白い息に埋もれながら顔を見合わせる。
そしてどちらともなく乾杯、と呟き酒を呷いで見上げた空は、いつの間にか澄んだ朝の色に染められていた。
その中をつがいの鳥が悠々と舞い、わたしたちへ柔らかな影を落とした。
fin