Book・Clap

□睦言
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冷たく渇いていた木目の床も、ふたりが唇を重ね合ううちに温もりを帯びて。


「――…に、…連れてってやるよ」


その言葉は長いキスに終わりを告げた。


そっと目を開けると、窓から差し込む夕焼けがゾロの瞳を茜色に染めている。



「ん……?…、どこ?」
「どこ、って言われるとな。分からねぇ」


あっけらかんとした返事を聞いて会話の要領を得られそうにないと半ば確信し、小さくため息をつく。


「あんだ。連れてって欲しくねぇのか」
「行き先不明なんて心細い」


不安かよ、と呟いてわたしの髪を一束摘んだ。
拗ねた子供みたいにそれを玩んで、それから、


「……なぁ?連れてくぜ?」


誘うように首筋へキスをした。


「だから、どこへ?」
「どこだっていいだろうが」


「じゃあ、いつ?」
「今すぐ、だな」


「…もう暗くなるし、そもそもクルーの行き先はみんな同じ、」
「そういうんじゃねぇ」


「よく分からない」
「分からねぇでいいんだ」


濡れたみたいに艶めく睫毛の奥には、ゆっくりと藍がかかりはじめた瞳が覗く。
昼と夜の隙間でゾロは、あのな、と続ける。


「おれが一緒だぜ?不安も不満も何にもねぇだろ」


な、そうだろ、ともう一度唇を首筋に這わせながらわたしへ問う。
わたしを射抜く誘惑の視線は、


「そうね。…連れていって」


返事を聞くや否や絡み付くような艶を纏った。
体温すらも艶めかしく感じられる指先がわたしの髪を、背中を、腰を擽るように撫でていく。


「言ったな。覚悟しろよ?」


本能にぎらつく目でそんなこと言いながらも口調は柔らかく、這う指はとろけそうに甘い。

身体の力が抜けていく。



―――



ゾロの体温を受け止めながら、大きな背中にしがみついて強く抱きしめて。或いは爪を立てて。

乱れた呼吸に混じって意味を成さない言葉ばかりが口をつく。
わたしより幾分も余裕がありそうなゾロは、ふと思い出したように耳打ちをした。


「――ちゃんと連れてってやるから心配すんなよ」
「ん、…ど、こへ?」


「“絶頂”」
「…っ、……ぜ、ちょう?」


「そうだ。おれと一緒に“絶頂”へ、だ。……やっぱり嫌だって泣いても、連れてくからな」


いつもより熱っぽくて低い声に浮されてしまう。
流し目で見たゾロの瞳は闇のように澄んでいて、頼りない月明かりが淡い影を落としていた。


ゾロが小さく息を飲む音が聞こえる。

ぴったりと重なった肌と肌は今にもとろりと溶け合ってもう離れられないのでは、とさえ思ってしまう。


絶え間無く流れ込む温もりと刺激はわたしから思考を奪おうとしていくから、



――攫って



小さな声で本心を漏らしてしまう。

不敵に笑ったゾロは今しがた呟いたわたしの唇を愛おしむように撫でて、それからそっとキスを落とした。

優しくて甘ったるくて、今までで一番激しい誘惑のキス。



fin

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