Book・Z V

□秋めいて
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白いテーブルクロス。
革表紙のメニュー。
床の木目。
スープの湯気。
曇りひとつないグラス。
磨かれたカトラリー。



その全てが今日の仕事を終え眠りにつくと、おれとミサの仕事が終わる。






「お疲れ様でした!お先に失礼します」
「お疲れ様でした」


「ミサちゅわぁん!今日もお疲れ様!!…と、クソギャルソン!!プリンセスミサちゃんに何かあったら承知しねぇからな!しっかりお送りしろよ!!」
「わーったよ」


「じゃあね、ミサちゃん。また明日。気をつけてね。……てめぇはミサちゃんの安全だけ気をつけて帰れよ!!」
「わーってるよ!」



何でも近くに不審者が出たらしく、ミサと上がり時間が同じおれはコックからミサの護衛を言い渡されていた。



「遠回りになっちゃうのにごめんね、ゾロ」
「問題ねぇよ」


レストランの裏口をぱたんと閉めて申し訳なさそうにおれを見る丸い眼。

コックから何も言われなくてもおれは当たり前にこうしていただろうから、そんな表情をするなと言いたいが


「ありがとう」
「…おう」


照れたように礼を言われたから、その言葉は飲み込んだ。
いや、一言返すのが精一杯だっただけか。



不審者出没を意識して歩けば、帰路は昼中の喧騒が嘘のように静かで申し訳程度の街頭と青々とした街路樹が並んでいるだけだ。

人通りも車通りもほとんどないに等しい。

危ない道だと思うと同時に、ただっ広い密空間にミサとふたりきりになったような錯覚を覚えて意識が変な方向に向かってしまう。

そうなってしまえば、少し手を伸ばせば届く距離にいるミサに触れてしまいたいという欲求が不可抗力的に沸き上がった。

欲求と理性にどうにか折り合いをつけなければと、


「…ミサ、ひよこ、」
「ひよこ?」


「今日の賄。ひよこ、入ってなかった」
「……何が入ってた?」


「豆。…黄色い小せぇ豆」
「わたしも同じよ」


「どういうことだ」
「ひよこみたいな豆よね、あれ。ころころしてかわいくて。だからひよこ豆って言うんだと思う」


口を開いてみたが、楽しそうに話すミサの横顔に折り合いどころかどんどん欲だけが膨らんでいく。


心臓は速く脈打つ割に冷静で、積み重なっている好きという気持ちだとか、青臭ぇ欲望だとか、ミサの挙動ひとつひとつが小さく灯る街頭に照らされていて。


そして明るい月明かりは、何よりぐずぐずしているおれを映し出していたから。

折り合いだとか言って知らず逃げ、知らず言い訳をしていた自分を恥じた。
だから、


「…なぁ、ミサ、」
「ん?」


強引は百も承知で、


「今から時間作れねぇか?……伝えたいことがある」
「…、わかった。大丈夫だよ」


遅すぎた一歩を今、踏み出そうとしている。




夏のものなのか秋のものなのかわからねぇ風が吹いて、
いつの間にか火照っていた身体にひんやりと染み込んでいった。


fin
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