Book・Z V

□醒めて
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見慣れたはずのミサの姿におれは息を呑んだ。




少しの沈黙の後、


「……どう?」


遠慮がちに問われて、



「綺麗だ」


思わず柄にもない言葉が口をつく。
だがこれが本心だから仕方ない。

心から綺麗だと思う。綺麗とはこういうことを指すのか、とすら思う。


ミサの後ろからひょっこり現れた黒服の女が、とてもお綺麗ですわと話す。
ウエディングドレスがこんなに似合う方を初めて拝見致しました、とも。


同感だ、と言いたくもある。当たり前だ、とも言いたい。
だが、おれの女について語るなとも思う。見てくれるなとも思った。
おかしな気持ちだ。




「綺麗だ」


半ば無意識のうち繰り返した言葉にミサはありがとうと笑い、ところで、と続けた。


「わたし、結婚するの?」



きょとんとした丸い目。

めかし込んだ姿には酷く不釣り合いの様ないつもの丸い目を見て、愛しいという感情は熱を孕んでいると生まれて初めて知った。

その熱は腹の深いところから込み上げてきて、ゆっくり喉を震わせ溢れ出た。


「ああ、そうだ」



ミサが、そうなのね、と暢気に言ったのと同時に、



――ジリジリジリジリ……


遠くからいかにもめでたそうな鐘の音が聞こえた。


ミサは事もなげに続けた。



「それで、わたしは誰と結婚するの」


と微笑みながら。




――ジリジリジリジリ……



おれと結婚するんだ、と言いたい口は突然、頑丈な縫合を施されたかのように動かない。



――……ジリジリジリジリ



鐘が鳴り続ける。

厭に脳へ直接響くような音。



――ジリジリジリジリジリ



……ジリジリジリジリ?





――――――





伸ばした腕にぴたりと納まる目覚まし時計。




ぼんやりした頭で現実を思い出す。



――今は6:30で



ベッドから這い出る。

冷え込んだ空気が身体に染みていった。



――今日は金曜日で



ばしゃばしゃと顔を洗う。
鏡に映った顔は心なしか血色が良い。良く眠ったようだ。



――あと1時間もしたら出社して



牛乳はコップに注いで一気に飲んだ。



――それから仕事をして



カーテンを開けると、消えそうな星がひとつふたつ。



――仕事の後には



夜明けの藍色が清々しく広がっている。



――ミサと食事に行く約束……



そこまで思い出してさっきまでの夢にようやく納得がいった。









今日、おれはミサにプロポーズをする。





エンゲージリングは昨日から既に鞄の中に入れてある。

夜飯の予約もとってある。

後は身一つぶつかるのみ、という今日。





噛み締めたのは、未だ覚めやらぬ夢の甘い余韻。



真っ白なドレスに身を包んだミサが脳裏を過ぎって頬が緩むのを堪えきれなかった。





一世一代の日にしてはやけに暢気な初冬の清々しい朝の出来事。


fin
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