Book・Z V
□ラリー
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「わたしたち、恋人同士に見えるでしょうか」
会社近くのバーのカウンターで、部下は唐突に言葉を投げた。
「さあな」
からん、と音を立てて溶けていく氷。
「見えなくもないと思うんですけど、でも見えるかなあ、見えてもいいかなあとも思うんです。あれ、やっぱり見えないかな」
グラスを玩びながら楽しそうによく分からない話を続けている。
頬は微かな赤みを帯び始めているくらいだがこの様子だ。酔っているのだろう。
「見えるのか見えないのか、結局どっちなんだ」
酔っ払いに答えを求めるつもりはないが、このふわふわとしたやりとりに乗ってみる。
「気がする、の範疇なら見えなくもないかなあと思うんですけど、うーん。見えなくなくなくないといったところです」
「……分からねえ」
言ってる意味は変わらず分からねえが何故かちっとも不愉快な気分にはならない。
ミサの言葉は物腰柔らかに続く。
「ではお伺いしますがロロノア部長。この、わたしたち恋人案件に対してどうお考えで?」
「あ?」
「お答えください。そうですね、えっと、早急に。そう早急にお答えください」
「……そうだな、」
今は何を飲んでも旨いような気がしたからグラスの中身を一気に空けて、ウイスキーのロックを適当に、とバーテンダーに頼む。
「この案件に対するおれの答えは、ノーだ」
「そうですか。理由は?」
「プライベートの今、ミサはおれのことをロロノア部長と呼び、敬語で話すだからだ」
「なるほど。さすがロロノア部長!論理的でロジカル!」
ミサはにっこり笑ってカクテルをちびちび舐めている。
話の内容は支離滅裂の一歩手前か。ちょっとした所作に幼さを感じる。
思ったより酔ってるのか?ミサ。
「そういえばロロノア部長、無礼講って知ってますか」
「あ?…ああ」
また、唐突な。
「じゃあ『30秒、無礼講』って言ってみてください」
次は何を思いついたのか。酔っ払いの考えることは分からねえ。
丁度出されたウイスキーのロックは思った通り旨かったので気分はますます良くなり何となしに言った。
「30秒、無礼講」
「ロロノア・ゾロさん!」
「おう」
「ゾロさん。…あ、あと何秒ですか?」
「15秒くらいじゃねえか」
「急がなきゃ。あ、あの、好きなんです。好きです。ゾロさんが好きで、ゾロが好きです。ゾロが好き」
それが酒のせいだと、酔いのせいだとわかっていても。
濡れた瞳に見詰められながら、真意がどこにあるかは分からないけれど切羽詰まった様子で数十秒のうちに何度も好きだと告白されて。
しかも、その告白の後に恥ずかしそうに俯いたミサを見て。
おれは聞いた。
おれ自身の理性が剥がれ落ちる音を。
その後のことはおれとミサの秘密だが、ひとつ言えるのは。
本能の夜は蜜より甘かったということだ。
fin