Book・Clap

□風邪っぴき
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朝起きたら喉がひりつくように痛くて。

それから出社した今に至っても、声を出すのが億劫なくらいに痛い。



風邪を、ひいた。


通勤途中にコンビニへ寄ってマスクを購入。
すぐに装置したら顔の半分は途端に白く包まれた。


……





「…ロロノア部長……、おはようございます」
「おう」


おう、上司が部下へする朝の挨拶。
模範的とは言えないがロロノア部長は毎日そう挨拶をする。
毎日毎日同じトーンで、同じ二文字の挨拶を。



恋人が突然マスクをしてきたならもう少し気の利いたことを言いそうなものだが。
……今は上司と部下だから。



だから不満なんて、

不満なんて。





……ない、とは言えない。

言えません、ロロノア部長。
だって、

だって。


ちょっとクールすぎやしませんか。あっさりしすぎじゃありませんか。

風邪ひいたか、くらいの言葉を正直期待していました。
周りには誰もいないし。

いや、まさか会社で恋人として扱って欲しいなんて微塵も思っていません。
だけど。

だけど。


………



始業よりだいぶ早いオフィスでわたしは釈然としないままデスクに小さく収まる。


ふと見渡すと、知らないうちにロロノア部長の姿はなくなっていて。


わたしは乱雑にパソコンの電源を入れ、力を込めてクリックをする。
ばさばさと書類をチェックする。
いつもより強い筆圧。




と、そのうちふと情けなさが込み上げた。



勝手にひとりで期待して、勝手にひとりで拗ねて。

わたしはなんて独りよがりで我が儘なんだろう。


「……はぁ、」

がさがさっ……


溜め息をついた瞬間だった。

突然目の前に色とりどりが降ってきてデスクを陣取る。

何かのパッケージ。

ところどころに見えるは
“のどあめ”“喉飴”
の文字。

その種類、優に十は下らないだろう。


呆気にとられているわたしは、


「…命令だ」
「はい……!」


背後からの上司の声に振り返り、咄嗟に直立する。

目の前のロロノア部長は涼しげな表情で立っていた。


「風邪、早く治せ」
「…はい!ロロノア部長」


しかし、


「………いや、今は……、」
「……?」


と言って急に視線を逸らしたロロノア部長は、たっぷり時間を置いてから


「………今のおれは、ゾロだ」
「…ありがとう、ゾロ」


束の間、わたしの恋人になった。



誰かがオフィスに来たらすぐにまたわたしの上司、ロロノア部長に戻ってしまうけど。



恋人からもらったたくさんの喉飴はどれもきらきらと輝いて、口へ入れると甘くて。


この世の宝石と甘味を全部集めてもこの飴には、
わたしの宝物には敵わない。


fin

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