ある戦争にて

□それぞれの初陣
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 一般兵、二等兵一般寮。一部屋6人制の窮屈な部屋。
変わらない顔ぶれ、変わらない室温、変わらない愚痴。
窓側の右の一番上ののベットに寝転がってファイトマニュアルを読む少年は、同居している者たちの声など聞こえていないかのようだった。
ひとり読書をして、3人が狭い通路でトランプをする。残りの2人は勤務中。
大貧民が決まりそうになった時のこと、扉が大きな音をたてる。
珍しい来客、緊急の任務か?と少年はベットから顔を出す。
大貧民になりかけた同居者が出る。
そこには少年の所属している部隊の上官。
「ウィリアムはいるか?」
焦った声が、少年の氏を呼ぶ。
驚きながらも、階段を使わずにそのまま床に着地する。
思いきり音をたてての着地。一階で良かったと思ったが、目の前には上官。常なら「軍人たるもの――!」と説教に入るのだが。
「急いでついてこい」
それだけ云うと、廊下を早歩きで行ってしまう。
少年もその後をほっとしながら急いでついて行く。
でも、何か胸騒ぎがした。
厭な予感がしてならない。
それは、体内の細胞が叫んでいるように、痛みがあった。

***

 薄暗い資料室、慣れた作業。
 変わらない毎日、変わることの無い、日常。
女はひとり、重いファイルのページをめくる。
全ての始まりの記載された、3S級の極秘ファイル。
総務部の女が、何故軍事機密の極秘資料室にいるのかは。
きっと誰もしらない。
ひとりの男を、除いては。

「クィーンクゥェ……」

「デア、急げ」

女の小さな呟きは、一人の体格の良い男の唐突な来訪により宙に消え去った。
女――デアは声の方へと顔を向ける。
総務部のデアに軍事機密ファイルの捜索を頼んだ張本人、軍事部のトップだった。
男を見てデアはひとつ強く頷いた。
手に持った分厚いファイルと、横のサイドテーブルに置いていた何冊ものファイルを抱えて男の下へと、歩く。
この後は、このファイルの内容を短くまとめる作業が残っていた。
軍事部トップの男が、総務部のデアに頼んだわけは彼女が資料作りがとても早く、且つ内容がしっかりとしているからであった。
 二人が室内から出て扉を閉める。ガチャリと鍵の閉まる音が響き、いつもの静かな資料室に戻った。

***

 小会議室の中に入れば、そこにはひとりの男が窓に背を預けて待っていた。
何処かで見た顔。少年は小首を横に向ける。
「サー・アルタナ、ウィリアムを連れて来ました!」
敬礼をして、声を上げる上官をそっと横目で見ながら。
アルタナ?はて、何処かで聞いたことのある名前。
記憶の奥まで探して行く。本を読むのが好きな少年の脳には多くの知識があり、その中で一つその名が検索された。
我がグランドヴィア国の名将、アルタナ=テラエ。
誰もが憧れる、戦士の中の戦士。
「ありがとう。下がっていいよ」
「はっ」
目を開いて、窓から背を起こし、笑みながら上官に声を掛ける。
掛けられた上官は敬礼を再度して、素早く部屋から出て行った。
二人きりの小会議室は、なんだか居心地が悪い。
「えーと、君がルーキス=ウィリアムくん?」
「はいっ」
唐突に声を掛けられ、動揺しながらも敬礼をする。
それを見て、人懐っこい笑みを向けてアルタナは云う。
「敬礼は無しでいいよ。君、お父さんは?」
唐突が続く。仮にも、というよりも完全に上官。その相手に敬礼無しでは無礼では、と。
そして質問。いきなり何を聞くのだと、驚きながら。
「自分が物心つく前に死亡したので……」
「名前、知ってる?」
「……いえ」
母は、何故か少年には――ルーキスには教えてくれない。
何故父が死んだのか、何故父のことをあまり話そうとしないのか。
だから、自分は本当は生まれる意味の無い子だったのではと思うようになって。
それからは一度も父の事を話しにだしたことがなかった。
「そっか、なんかごめんな」
「いえっ」
悲しそうに笑って見せるから。こちらも何か悲しくなる。
その時、初めて気がつく。
アルタナの身につけている鎧が、真っ赤であることを。
そんな色なのかと思ったが、ところどころ錆びた様に茶色い所があり、赤は元の色ではないと分かった。
その赤は、人の体内に埋め尽くされたものだ。
想像しただけで、気分が悪くなる。これでは軍人失格なのは分かっているが、まだ"本物の戦い"に参加したことがないのだ。
鎧が血で固まってしまうほどの血を見たことがないのだ。
その姿を直視するのが辛くて、早くこの刻が終わればいいと思って話しを託す。
「あの、用件は…?」
もしかしたら父の名前を聞くことが用件だったのでは?と不安になりながらも。
確かに、軍に入隊する時に書いたものに父の事は一切書かなかった。
それを不備と思われたのではと、ルーキスは思う。
「ああ、そうだった。実は君を貰おうと思って」
「……は?」
たっぷり間をあけて。
意味が分からないと眉をひそめる。
「ゴメンゴメン。言葉が悪かったね。君に次の任務に参加して貰いたいんだ」
次の任務。それは、アルタナが参加する任務であって。
名将が出なければならないほどの任務で。
つまりは、とても危険な任務。
鳥肌が全身に立つ。
鎧の血を見ただけで気分を悪くしているのに、戦地などに行ったら恐ろしいことになるのは目に見えていて。
言葉に、詰まる。
「今すぐに答えなくていいよ。ゆっくり考えてくれていい」
背伸びをしながら、笑う。
気を使ってくれたのだ。そう思いたかったが、その後の顔が一瞬。
あまりにも険しかったから。
まるで、何かを紛らわすかのような。そう感じた。
「任務って云っても、あっちで物資の運搬の手伝いやテントの準備とかだよ。二等兵を前線に連れて行く訳にはいかないもんね」
先程のように笑みながら、大きなテーブルを回ってきて、横を通り抜ける。
その時、嗅覚が急に反応する。
鎧だけじゃない。
アルタナの全身から、その臭いがする。
身体に、染込んでしまっているのだ。
 名将と呼ばれ、皆からヒーローのように人気な男の実際を知ってしまって。
残念、というよりも。どうして?の方が大きかった。
何故そこまでしなければならないのか。何のために、と。
「答えるの君だけど」
廊下に出たアルタナが、一度とまる。
振り向いて。
「俺は君に来て欲しいな」
悲しそうに笑って、去っていった。
 ルーキスは一人、小会議室に寂しく残されてしまった。
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