玖賀家の恋愛事情

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十四歳の夏だった。
俺はまだ中学生で、親の言う事をきちんとこなす真面目な子供だったと思う。
将来良い仕事に就いて、立派な大人になりたければ、良い成績取って良い学校行けって言われたからそうした。
だから試験の結果はいつも良かったし、別に勉強自体は嫌いじゃなかった。
クラスメイトには「今時、親の言う事聞くなんて真面目な奴だな」なんて言われたけど、俺にとっては別に、特別でも何でもなかった。
少なくとも『立派な大人』になれって言う親は、それなりに『立派な大人』だから、自分の子供にそう教えているんだろうと思っていたし、俺自身、良い大学出て、良い仕事に就く事が『立派な大人』の条件なんだろうなあとか、漠然と考えてた。

―――そんな中学の夏。
世間様に、優秀で進路には困らないわね、なんて言われてた俺の将来は、ある日突然見えなくなった。
馬鹿みたいに降る雨の中、学校から帰ってきたら家の中には何もなくて。
急に穴が開いたみたいにがらんとした部屋に残されていたのは、日に焼けた壁紙とか、傷付いた柱とか……過去に人が住んでたっていう痕跡だけ。
頭が真っ白になって、何も考えられなかった俺に、不動産屋だと名乗った男が言った。
「この家は今日付けで売却が決まったんですよ」

夏なのに雨は冷たかった。
捨てられたんだなあと理解するのに、そう時間は掛からなかったし、きっと迎えが来るなんて呑気な事を考えられるほど馬鹿でもなかった。
土砂降りの中で頬を伝う雨だけは温(ぬる)くて、捨て猫みたいに街を歩きながらまず考えた事は、これからどうしようとか、どうして捨てられたんだろうとか、そんな事じゃなかった。
―――立派な大人ってなんなんだろう。
ただそれだけが頭の中をぐるぐる回っていた。
良い大学出て、良い仕事に就く…。
ほんとにそれだけ?

―――答えは、出なかった。
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