Novel 純情ロマンチカ・世界一初恋

□恋*お題2 05.加速する想い
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気付かぬ間に生まれ始めていた想いは、きっかけを得た途端、加速し始めた。




あのクリスマスから数日が過ぎ、俺は今日も美咲の勉強を見ていた。
が、美咲はと言えば、まぁ普段からそれほど集中力があるほうではないが、今日は特に気もそぞろといったように気が入っていなかった。
問題も、いつも以上にケアレスミスばかりが目立つ。

「……どうした?
さっきから、問題を見ているだけで考えていないだろう」
「う゛」
あまりにもわかりやすく、美咲の体がぎくりと強張った。


美咲が、少し気まずそうに俺の方を振り返った。
何かを言いかけて躊躇うように口を閉ざした様子を見せながらも言おうとしない。

「美咲?」
「………その、ウサギさん」
「なんだ?」
「…えっと、」

「美咲」
「……………」
促すように名を呼べば、やはり躊躇いながらも話し出す。



「…あのさ、ウサギさん。
その、いいの?
俺の家庭教師続けてもらって」
「?」
唐突な言葉に、思わず疑問符を浮かべる。


「だって、その…ウサギさん、兄チャンに……失恋、したじゃん。
だから、兄チャンのために俺の家庭教師やってくれてんなら、ウサギさん忙しそうだし、やめてもいいと思うよ?
その、もしそうなったら兄チャンには俺から言うし…」
「……………」
美咲の言葉に、一瞬思考が止まる。
そうしてひとつ、大きな溜め息をつく。

出逢ってから、長くはないが短くもない時間の中で、単純でバカなくせに極度の気遣い屋で―――優しい性格なのだと知った。
その美咲が、恐らくは違う意味で捉えたのだろう、視線を俯かせた。


そして。
俯いた美咲の頭を、ぐしゃぐしゃとかき回す。
「!?  ちょ、ウサギさん!」
「お前は本当に、人のことばかりだな」
「へ…?」


頭を撫でる手を一旦止める。
驚いた顔を上げた美咲と、視線が合う。

「お前に、今俺が家庭教師を辞めてM大に受かれるほどの実力があるのか?」
「!
た、たしかにそうだけどさ、嫌々やらせんのも悪いじゃんか!」

合ったままの視線の先には、真っ直ぐで優しい、一生懸命な瞳。


―――お前は本当に、どうして…人のことでこんなにも一生懸命になれるんだろうな。


自然と浮かぶ笑みが、嬉しさからくるものなのか、呆れなどから来る苦笑なのか、自分でもよくわからない。
けれど、わざわざ消すものでもないかと思い、そのままでいることにする。





「―――嫌々じゃないよ」
「…え、でも……」
先程と同じ表情のまま、もう一度美咲の髪をぐしゃぐしゃとかき回すように撫でる。


「今の俺の一番の悩みは、美咲が本当にM大に受かれるのかということか、迫ってくる締め切りの事だな」
「ちょっ…!
な、なんだよ、人がせっかく心配したっつーのに……だーもう、心配して損した!!」
怒ったようにくるりと背を向ける。
けれど、背中越しに、まだ本当に大丈夫なのかと言ってくるような視線が向けられている。

(それでも隠してるつもりなのか?)
小さく零れた笑いに、美咲がむ、とした気配がする。
『子供(ガキ)だな』とも思うが、快く感じているのも事実だった。



―――そう、心地いいのだ。
   美咲と共に在ることは。



一人の方が気楽だと、ずっと思っていたのに。
何がどうして、美咲の存在は疎ましくない。
むしろ、快いのだ。


思う事が、喜怒哀楽どれをとっても素直に出る美咲の傍にいると、気持ちが移る。
美咲が笑っていると、気付くと自分も笑っていて。
落ち込んでいると、落ち着かなくて。
心配そうにこちらを見ていれば、心配を解してやりたくなる。

きっと最初からそうだった。
けれど、それが少しずつ少しずつ強くなっていくのを感じる。


『そんなの…辛すぎるじゃんかよ……』
『ウサギさん、ずっと兄チャンの事好きだったのに……あんなに大切にしてきたのに……!』
『生まれて初めて兄チャンの事殴りたいと思った……!!』


『親友への結婚の報告』をされて。
悪気など微塵も無いからこそ、胸を鋭く切られるような、抉られる様な痛みが襲う。
隠し通せると思っていた痛みに、気付いて、俺の代わりにギャアギャア泣き出して。

だからだろうか。
平気だったかと言われれば流石に頷くことはできない。
けれども覚悟していたほどの痛みはこの胸になく、それよりも胸に残るのは、雪の降る静寂と寒さの中で、抱き締めた時に涙を隠すように抱き締め返してくれた小さな体の体温だった。

あの日、あの瞬間(とき)。
『あぁ、コイツだ』と思った。

その瞬間から。
ずっとずっと苦しいばかりだった胸の奥が、ゆっくりと少しずつ、けれども急激に変わっていくのを感じる。




「美咲」
「……なに」
一瞬のためらいにも似た間の後に、美咲が振り返る。


ぽん、とその頭に手を乗せて。
「ありがとう」
「!   べ、べつに!!
さー勉強やるぞーっと!」
「はいはい」
少し赤くなった顔を隠したいのか、美咲が慌てて机の方を向く。
美咲がとりあえず問題を解き始めたのを見て、ようやく始めたのだから邪魔をすることも無いかと思い、後ろのソファへと戻り、次に出す問題を検討することにする。




あたたかな春まで、あと少し―――
まだ雪の降る寒い日に、遠からず花となる芽は、少しずつ育ち始めていた。





後書き

お借りしたお題「恋*お題2」の05番、「加速する想い」で書いてみました。
最初は美咲で書いてみたかったんですが、このネタを書こうと思い当たって、借りようと思ってる似合いそうなのが他になかったのでコレにしちゃいました。
別の感じのを書きたくなったら、その時にまた別に書けばいっか、と。

この頃、この事を気にするのはウサギさんよりも美咲な気がします。
美咲は優しくて気遣い屋なので、むしろ本人よりも気にして気を回して、「お前は勉強に集中しろ」とウサギさんに苦笑されるくらいなのでは、と。
長く深く想えば想うほど、失う時の痛みは大きく辛いのだろうから、痛みを感じずに済むなんてことはきっと在り得ない。
でも、少しでも美咲の存在に癒されたり救われたりしてたらいいな、と思います。

いつもながら後書き長くてすみません。(汗)
ではでは、気に入っていただけることを祈りつつ〜。




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