乙女と武将の小話

□ももと慶次
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 春日山。そこには軍神と例えられる武将、上杉謙信の居城がある。
 その一角に、白い梟に捕まって黒装束と呼ぶには中々大胆な切れ込みの衣装を身に纏ったくノ一、かすがが戻る。彼女は部屋の中に入ると跪き、己の主である謙信に戻った事を伝える。

「謙信様、ただいま戻りました」
「おーっ、おかえりかすがちゃん!」

 が、帰ってきたのは謙信の言葉ではなく、別の男のものだった。それもとても聞き覚えがあるもの。
 またか、と思いながらかすがが顔を上げると、そこには予想通りの男が笑って手を振っていた。長い髪の毛を頭の上で一つくくりにし、黄色を基調とした派手な装いをした体格の良い男――前田慶次。彼の肩では小猿の夢吉が合わせて手を振っている。
 己にとって敬愛する謙信様の友人であり、生粋の風来坊である慶次がここにいるのは別におかしな事ではない。それよりもかすがにとって、早く報告したいお方の姿が見当たらない。

「慶次、また来てたのか。謙信様はどうした?」
「あぁ、謙信なら……」

 慶次が答えようとしたその時、襖が開く。慶次とかすがが振り向くと、そこには白い頭巾をつけた性別を感じさせない麗人――上杉謙信がいた。男性にも女性にもどちらにもとらえられるようで、判別がつかないからこそ美しさを帯びている。
 そんな彼(彼女?)は戻ってきたかすがに顔を向け、柔和で中性的な声で優しく声をかける。

「よくもどってきてくれましたね、つるぎよ」
「はい、謙信様! かすがはお勤めをしっかり果たしました!」

 慶次に対する少しきつい口調とは打って変わり、瞳をきらきらと煌かせてとても嬉しそうに報告する姿はまさに乙女としか言いようが無かった。
 そんな時、ぴょこっと謙信の後ろから一人の女の子が出てくる。薄い桃色の短髪と海のように蒼い瞳を持っており、着物にしてはやけに単純な構成の白い衣を纏った五歳ぐらいの少女だ。
 五歳児に気づいたかすがは彼女を不思議そうに見つめながら、謙信に尋ねる。

「謙信様、その子供は……?」
「けいじとともにきたこです。なまえは……」
「はいはい、ももでーす!」

 謙信が紹介するよりも早く、少女ももは勢い良く手を上げながら笑って名乗る。するとすぐさま謙信の前に出て、勢い良くかすがに手を出す。握手をしたいのだと分かり、かすがは握り返す。
 そんな微笑ましい光景の中、慶次が軽く苦笑しながらももについて話す。

「さっきも謙信に話したところだけどさ、その子なんていうか……壮大な迷子みたくて」
「壮大な迷子? どういうことだ?」
「ももね! 異世界からやってきたんだよ!」
「い、いせかい?」
「うん。ポケモンっていう不思議な生き物がいっぱいいて、便利なものが溢れてる世界からね、こっちの世界に落ちちゃったの! その時ね、ずーっと探してた男の子をやっと見つけたんだけど、その子も落ちちゃってね? だからその子探してるんだぁ」
「それでももちゃんがお腹すかせてたところで、俺が見つけておにぎり食べさせたんだ。そしたら懐いちゃってね、事情が事情だからこの子の大切な男の子探し、手伝う事にしたんだ」

 信じたのか、そんな話。
 思わずかすがは信じがたい話をあっさり信じた慶次の言葉を聞き、内心でツッコミを入れる。
 しかしももに騙している様子は見られず、どこをどう見ても天真爛漫な幼女が本音を口にしているようにしか見えない。だからこそ慶次も受け入れたのだろう。人を見る目はある男だ、信じても大丈夫だろう。
 かすがは長い付き合いからそう割り切る事にした。その間、ももはかすがから手を放すと小走りで慶次の下に駆け寄っていき、勢い良く彼に抱きつく。慶次は彼女をあっさり受け止め、お互いに笑い合う。
 受け止めた際、慶次はふと思い出したようにももに訪ねる。

「あ、そーいえばさ男の子ってどんな子なんだい? 俺、まだ特徴を聞いてないんだけど……」
「んー。説明めんどくさいからいわなーい。多分話してもねー、慶次じゃ分かんないかもしれないからさー」
「うおい! そりゃどういう意味だ!」
「えへへへー、どんな意味でしょー?」
「お前なぁ! そういう奴はこうだ!」
「きゃー! やめてやめてーっ!!」

 生意気な事を言って誤魔化すももに、慶次は笑ってくすぐりにかかる。ももは笑い転げながら、可愛らしい悲鳴を上げて逃げようとする。でも大きな慶次にはかなわず、そのままくすぐりの刑にあうままだった。
 微笑ましいその光景に、かすがはついつい笑みをこぼす。しかし謙信は口に笑みを浮かべながらも、ただその瞳は無邪気なももを見つめるだけだった。

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