aoex(連載)

□哀別
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卒業から数日経って、ついに雪男が修道院を旅立つ日がきてしまった。


「なら行くね、兄さん」
「おう。…元気でやれよ?」
「兄さんもね」
「体調には気を付けろよ?お前は風邪引きやすいんだから」
「それは昔の話でしょ。僕だって成長したんだから、そんなに心配しないでよ」
「何だよ、兄ちゃんなんだから心配くらいするに決まってんだろっ」
「はいはい、ありがとね」
「気持ちがこもってねぇ!!」


いつもみたいなやり取りが楽しい。
雪男とこんな風に下らないやり取りを交わせるのも…もう、最後。
そう、きっともう雪男とは会えないんだ。
修道院を出て正十字学園に行く雪男は、きっとそのまま大学に行って、医者になって、綺麗なお嫁さんを娶って、俺とは別の人生を歩んでいくんだろう。
いつも隣にいるのが当たり前だったけど、もうそれも終わり。
そもそも、俺と雪男は根本が違う。

俺と雪男は双子だった。
だけど、悪魔と人間だった。
俺は虚無界とかいう世界かなんかの王の息子らしいけど、実感はあまりない。
ただ力が強く、小さい頃からよく物を壊したり喧嘩したりして周りに迷惑を掛けてたし、そのせいで雪男がいじめられていて、この時だけは悪魔の力を呪った。
俺は普通に生活したかったのに、って。
自分が悪魔だと知ったのは中学に入ってからで、そっから俺は学校をサボってふらふりしてばっかだったような気がする。

その時に俺を見放さなかったのが、ジジイや修道院のみんな、そして、雪男だった。
雪男は俺にほんとに優しくて、いつも俺の味方でいてくれた。
だから、俺は雪男が好きだった。
その想いはどんどん膨れ上がっていって、俺は雪男が弟以上に好きになっていた。
雪男無しじゃ生きていける気がしない。
だからこそ、雪男は悪魔の俺なんかとは一緒にいるべきじゃないんだ。


「神父さんとも仲良くやるんだよ?」
「お前に言われなくてもやってくよ!!」
「いつも口喧嘩してるくせに」
「それはジジイが…!!」
「ほらまた。ジジイなんて、昔はそんな呼び方してなかったのに」
「なっ…ず、ずっと前からジジイはジジイなんだよ!!俺はそう呼んでたっ!!」


俺達は孤児で、そんな俺達を拾ってくれたのが、修道院の神父をやってるジジイ――藤本獅郎、俺達の後見人だ。
今まで俺達2人はジジイに育てられてきたけど、今日からは俺1人になる。
雪男がいなくなるんだ、大好きな雪男が。


「ま、そういうことにしておいてあげる」
「…へーへー、ありがとうございます」


そう言って、俺達は笑いあった。
悲しさや寂しさを紛らわせるように、笑う。


「明日から兄さんのご飯が食べられないなんて信じられないよ」
「俺の料理で育ったからなー、お前」
「そうだね。僕の味覚は兄さん仕込みだから明日から困るよ」
「ふん、俺の有り難さを実感しやがれっ」
「ほんとにね。毎日美味しいご飯を作ってくれてありがとう、兄さん」
「分かりゃあいいんだよ」


胸を張って言ったら、雪男に笑われた。
それがおかしくて、俺もまた笑う。
…これが最後なんて本当に信じたくない。


「あ、そろそろ時間みたい」


雪男が言った時、修道院の前に一台の車が止まった。
あぁ、ついに別れの時がきたのか。


「…兄さん」
「おう」
「またね」
「…おう」


さっきまでの空気が嘘みたいに、俺達の別れはあっさりしていた。
またな、とは返さない。
だってきっと、もう会わないから。

雪男が修道院を出てもう何分経ったかな。
お前は人間なんだ、悪魔の俺なんか忘れて幸せに過ごせよ。
俺は俺で、頑張るから。
俺から生える尻尾がだらんと垂れる。
この尻尾は、悪魔の証拠。
普通の人には見えないようになってるから、生活には特に支障はない。
だから、寂しげに元気をなくして垂れ下がっているだけの尻尾も、誰にも見えない。


「あーあ、明日からどうしよ」


俺は雪男と違って高校には行かない。
就職先も決まってないから、取り敢えずは修道院で家事をやりながら過ごすつもりだ。

今日から、俺の新しい毎日が始まる。
その隣には誰もいないまま。



◇つづく◇

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