aoex(雪受け)
□痛みと引き換えに
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「…なぁ、燐くん」
「何だよ?」
いい加減沈黙に耐えきれんくなった俺は、話を振ってみることにした。
それは、さっきから気になっとったこと。
「この目の持ち主…名前、何て言うん?」
誰とも知らん人の目ぇなんか、例え見えたとしてもなんや嫌やん。
せっかくその人のお兄さんが近くにおるんやし、ちょっとくらい知りたい。
「あぁな。雪男だよ、奥村雪男」
「おくむら、ゆきお…」
「俺と双子の弟だから、年はお前と同じ」
「双子やったん?」
「おう。すっげぇ頭いいからって、勉強やれだの宿題やれだのいっつもうるさくよ。しかも、女の子にキャーキャー言われていい気になってたし、ほんっとムカつく」
「…へ、へぇ」
なんやろ、自分から聞いたんにあんまいい印象ないような気ぃするんやけど。
頭よくて女の子にモテモテとか羨ましいことばっかやん。
俺も女の子にキャーキャー言われてモテてみたいわ、毎日楽しいやろうなぁ。
毎日そないなハッピーライフを送っとったんやろうか、その雪男くんは。
…ま、その人はもうおらへんのやけどね。
「…でも、」
「え?」
「頭よかったのも、毎日夜遅くまで勉強してたからだし。モテてたのも、やさしくてかっこよかったからだし。…やっぱり、自慢の弟だったんだよなぁ、あいつは」
「燐くん…」
目が見えへんせいで、燐くんが今どないな顔しとるんか分からへん。
でも、きっと。
「…寂しいん?」
「……かも、な。1ヶ月経ったし、もう吹っ切ったつもりだったんだけど」
「簡単に吹っ切れるもんでもないやん、そういうんって」
「ぐだぐだ引きずるもんでもないだろ」
ははっとから笑いを漏らした燐くんは、静かに語り始めた。
「…あの日、雪男が死んだ時は…雨が降ってたんだ。すっげぇ大雨の中、俺は雪男と2人で夕飯の買い出しに行ってた」
「…うん」
「今日は雪男の好きな魚だからなーって、話しながら帰ってたんだ。うち貧乏だから傘も買えなくて、2人で1つの傘使って」
「仲良しさんなんやね」
「…まぁな。俺が荷物持って、雪男が傘持って、雨の中帰ってたんだ。…そしたら、雨のせいでスピンしたトラックがこっちに向かってきて…それに気付いた雪男が、俺を思い切り突き飛ばして」
「…どう、なったん?」
「……衝突したよ、俺の目の前で。トラックにぶつけられた雪男は即死だったって。…ほんと、かっこ悪いったらねぇよな。……弟に守られるなんて、かっこ悪すぎだろ…!!」
燐くんの声はついには泣きそうで。
身内が、しかも双子の弟さんが亡くなる悲しみは、簡単に想像できるもんやない。
しかも、自分を守って亡くなったいうんがまた気持ちを沈ませとるはずや。
その喪失感は計り知れんもんやったやろう。
「…おん、大体分かった」
さっきまでの元気そうな燐くんに戻ってほしくて、話を中断させる。
「あれ、もういいのか?今からまた愚痴ってやろうかなって気合い入れてたのに」
空元気なんか分からんけど、そう嘯いてきた燐くんに少し安心した。
「なんや、まだあるんかいな」
「当たり前だろ?あいつは…雪男は、いっつも俺のそばにいたんだから」
「…なら、それはまた次の機会にでも」
これ以上、燐くんに弟さんの話をさせるんは酷やと思って。
「…チッ」
「え、今舌打ちしはった?」
「気のせいじゃね?」
絶対気のせいやない、思い切り舌打ちしはった燐くんは、突然立ち上がった。
ガタンってなんや大きい音がしたから。
「なら、俺そろそろ帰るな。暇になったらまた来るから」
燐くんは楽しそうに笑いを漏らして、ほんまに帰っていきよった。
静寂に包まれる部屋。
何も見えへん俺は一人じゃやっぱり楽しゅうないから、必然的に、頭の中で何かを考えることになる。
「…雪男くん、か」
頭をよぎったんは、さっきまで話しよった燐くんの双子の弟さんのこと。
俺は、見たこともない男の体の一部を譲り受けたわけや。
不可抗力言うたらそれまでやけど。
「ほんなら、これも一つの運命なんかもな。…なーんて」
気持ち悪過ぎるやろ、俺。
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