aoex(雪受け)

□痛みと引き換えに
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漸く、包帯を外せる日がきた。
目の本来の役割を果たせる時がきたんや。
せやけど、他人の目ぇや思うと…。


「なーに緊張してんだよっ」
「うぉわ!!」


横からいきなり声が聞こえてきて、俺は不覚にも驚いてしもた。
声の主は、俺の反応を見て笑いよる。


「燐くーん、毎回毎回いきなり現れんの、やめてくれへん?」


そう、こないして驚かされたんは今回が初めてやない。
初めて話した日から今まで、何度かここを訪れとる燐くんは、毎回音を立てずに忍び寄っていきなり声を掛けてきよった。
顔も姿も見えへん今の状況やったら、燐くんのこの行動に慣れるんはまだまだ時間が足りなさ過ぎるわ。
ま、それも今日で最後なんやけど。


「そう言われてもなぁ…俺、いきなり現れてるつもり全然ねぇし」


…嘘や、絶対確信犯やろこの子!!
黒い笑みを浮かべとるやろうことが、見えへんくても分かった。


「ちょ、これ何回目やと思っとるん!?」
「うーん…何回目だ?」
「え…っと、それは分からへんけどっ、もう何回も驚かされたんやで!?」
「別にいいじゃん。志摩の反応、すっげぇ面白かったぜ?」
「やっぱり確信犯やったんやないかぁ!!」


…そうしとる内に時間は過ぎて、ついに包帯を外す時がきた。
医者やろう人の手によって、ゆっくりゆっくり包帯が外されていく。
何日かぶりに、自分の目ぇで…ちゅうんは語弊があるかんしれんけど、今では確かに俺のもんになった目ぇで、辺りを見回す。


「変わり、あるか?」


さっきまでと違ぉて、どこか真面目な様子で聞いてくる燐くん。
自分の弟の目っちゅうこともあって、やっぱり心配してくれとるんやろうなぁ。


「…いやぁ?ほとんど前と一緒や。ちょお視力が変わっとる気ぃはするけど」


視力的にはそない問題はなさそうやった、メガネは必要になるかんしれんけど。
初めて見た医者や看護士達は簡単な説明だけして戻っていかはって、部屋には、俺と燐くんだけになる。


「へー、お前も緑なんだな」
「は?何の話?」
「目だよ、目」
「…緑?」


俺の目が?緑?


「いや、俺ん目ぇは普通の黒やけど」
「緑じゃん」
「ちゃうって」
「でも実際に緑だし」


ほら、って言うて渡された鏡を覗き込むと、確かに俺の目は緑色になっとった。


「ほ、ほんまや…」
「…雪男の目もさ、」


燐くんが口を開いたんに気付いて、俺は視線をそっちに移した。
…そん時になってしっかりと見た燐くんの顔は、整った顔立ちをしとって、綺麗な青い目をしとった。


「緑色だったんだ。そのせいで小さい頃はいじめられててさ。…あいつは嫌ってたけど、俺は好きだったんだよなぁ」


燐くんが好きで、雪男くんが嫌い言うとったらしい目が、今は俺の目になっとる。
それは、つまり。


「お前の目みたいな、綺麗な緑色が」


懐かしそうに俺の目を見る燐くん。
雪男くんを思い出しとるんやろうか?


「…嫉妬するくらい、綺麗な緑やろ?」
「ふん、俺だって綺麗な青い目してるっつーの。雪男が好きだって言ってくれたんだ、誰が嫉妬なんかするかよ」
「確かに綺麗やね、燐くんの目ぇも」


これには頷くしかないわ、うん。


「せやけど、こっちのが綺麗やから」


だってこれは、雪男くんの目。
今は亡き雪男くんから受け継いだ、綺麗な綺麗な緑色の瞳。


「雪男と一緒だからって調子乗んな」
「乗ってへんて。…でも、」


でも、俺は気になり始めとるんや。
この目の持ち主の、雪男くんのことが。


「…調子乗っとんのかもな、俺」
「は?」
「燐くん」


会うたことのない、ほんで、もう会うことのできひん雪男くんへ。


「雪男くんのこと、もっと教えてもろてもええやろか?」


この目ぇはこれから大切に使てくから、俺のことを見守ったって下さい。



◇おわり◇

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