aoex(連載)

□手当
1ページ/2ページ



side.雪男


寮の自室で復習や予習をやっていると、部屋の扉ががちゃりと音を立てて開いた。
この部屋には僕の他に勝呂くんと志摩くん、三輪くんがいる。
誰も部屋を出ていないし、他の生徒が来る時でもさすがにノックくらいするだろう。
正十字学園は金持ち学校である以上に有名な進学校だ、生徒のレベルというのも高い。
ということは、誰?


「よっ、久しぶりー」
「…兄さん」


それは、兄さんだった。
まぁ薄々そんな気はしてたんだけど。


「どうしたの、急に」
「ん?暇だったから来た。みんなにもまた会いたかったしさ」


相変わらず元気みたいで、にこにこしながらこっちに足を踏み出してくる。
でも、近付いてから僕達が勉強していることに気付いたらしく、一気に顔をしかめた。


「うげ、勉強ぉ?」
「復習と予習も大事だからね」
「だからって、日曜にまで勉強やるか?」
「僕だけじゃないよ」


僕のその言葉に、兄さんは他の3人の方に視線を移した。
勝呂くんと三輪くんも、僕と同じように学校の授業の復習に取り組んでいる。


「…まじねぇわ」
「どうゆう意味や」
「そのままの意味だっての。雪男ならともかく、何で勝呂に子猫丸までやってんだよ」


すごい、ちゃんと名前覚えてたんだ。
…なんて、兄さんが聞いたら激しく怒ってきそうなことを考える。


「はぁ?当たり前やろ、こんくらい」
「僕は復習で手一杯やけどね。燐くんはしたりせぇへんのですか?」
「俺ぇ?復習なんてやったことねぇよ」
「兄さんは勉強自体してないでしょ」
「うっせ」


横槍を入れてみると、途端にむっとして口を尖らせた。
でもそんなのは一瞬のことで、兄さんはすぐに志摩くんへ視線を移した。


「志摩は何してんだよ」
「んー?エロ本読んでるに決まってるやん」


さも当然とばかりに言い切った志摩くんだけど、この部屋の住人としては志摩くんの方こそ仲間外れとして映るだろう。
兄さんはお気に召したみたいだけど。


「エロ本!?」


きらきらと目を輝かせ始めた兄さんに、僕は溜め息しか出ない。
神父さんの影響なのか、兄さんはよくエロ本というものを広げては眺めていた。
僕にとっては何が楽しいのか分からないものだけど、兄さんが楽しいならそれはそれでいいかなと思ってしまう。


「燐くん、興味あるん?」
「あるに決まってんだろ!?雑誌と言ったらエロ本じゃねーか!!」
「兄さんSQも読んでるじゃないか」
「あぁ、あれも雑誌か」


納得したのも一瞬で、すぐに意識は志摩くんのエロ本へと向いてしまった。
2人ぎりぎり入るか入らないかくらいの広さしかないベッドの上、窮屈そうにしながらも志摩くんと仲良く入り込んで雑誌を覗き込んでいる様子は、兄さんの友人事情を知っている僕としてはとても嬉しい光景だ。
見ている雑誌がエロ本じゃなかったらどんなによかったことか…。


「…静かにしてくれるならいっか」


小さく漏れた言葉は、僕の本音だった。
兄さんと言えばうるさいし騒がしいというイメージがいやにこびりついているから、こうも静かなのは逆に調子が狂うというもの。
そうは言っても、静かにしてくれるならそれに越したことはないんだけどさ。


「奥村、ちょおええか?」
「何?」
「何だ?」


奥村、という勝呂くんの呼び掛けに応えたのは、僕だけじゃなかった。
さっきまで雑誌と志摩くんとを行き来していた兄さんの視線が、勝呂くんへ向いている。


「は…?」
「あぁ、雪男を呼んだのか。わりぃわりぃ」


勝呂くんの困惑した顔に、珍しくも素早く状況を察した兄さんが軽く謝る。


「奥村って呼ばれたからつい、な」
「せやせや、坊も呼び方分けとかなあきませんえ?"奥村"じゃ分かりにくいですやん」


…確かに。
志摩くんの意見には頷かざるを得ない。
僕のことを"奥村"と呼ぶ分には構わないけれど、兄さんのこともそれじゃあ、たまにしか訪れないとはいえ障害はあるだろう。


.

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ