aoex(雪受け)

□束の間の逢瀬
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カーテンの隙間から朝日が差し込み、その眩しさに意識がゆっくりと浮上する。
目覚めたばかりで気怠い体を起こすと、頭に鋭い痛みが走った。


「おぉ、雪男起きたか」


それと同時に、部屋に兄さんが姿を現した。


「寝坊なんて珍しいな?そろそろ準備しねぇと遅刻するぞー」
「…兄さん、僕今日学校休むね」


目覚めの第一声がこれだったからか、兄さんは目を丸くして僕を見た。


「ど、どうしたんだ雪男!?」
「何だか頭痛がひどくて。ていうかさ、いくら何でも驚きすぎじゃない?」
「驚くに決まってんだろ!?お前が学校休むとか信じらんねぇ…!!」
「僕だって体調くらい悪くなるよ」
「そりゃあそうだろうけど…今まで言ったことねぇじゃん、そういうこと」


うん、そうかもね。
兄さんを守ると誓った手前、兄さんにはあまり弱音を見せたくなかったから。
…兄さんだけじゃないか、僕は周りに弱いところを見せるのが嫌いだった。


「大丈夫なのか?」
「心配しないで、大したことないよ。今日は大事を取って休むだけ」
「…そっか」


安心したように息を吐く兄さんへ、心配かけたのかなと少し申し訳ない気持ちになる。
…だけど、これだけは言わないと。


「兄さんはちゃんと授業受けるんだよ?」
「うっ…わ、分かってるっつーの!!お前だって、病人らしく大人しくしてろよな!!」
「分かってるよ。それより兄さん、時間は大丈夫?」
「へ?…あああああああ!!遅刻するっ!!あ、お前はちゃんと寝とけよな!?」
「はいはい、いってらっしゃい」


遅刻寸前の兄さんを見送ってから、僕はもう一度布団に潜り込んだ。
学校を休んだ分授業が遅れるのは嫌だけど、無理をして風邪を拗らせたらその分長引くだけだ、それは得策じゃない。
そう考えるようになって、今では少しでも体調が悪くなったら休むようになった。
僕がそうするようになったのは、多分、あの時からだ…―――。





候補生だった僕はまだ体も弱く、体調を崩すなんて日常茶飯事だった。
…その日、僕は風邪をひいていた。
熱も少しあって、たまにふらついていたような気がする。
でも、授業が遅れたくないからって無理して塾に行ったんだっけ。
湯ノ川先生の授業中、指名されたから教科書を読もうと立ち上がったら、そのまま意識が遠退いて…聞いた話だと、僕はその時ふらりとよろけた後に倒れ込んだらしい。
きっと体は限界だったんだろう。

目が覚めた時、僕は塾の保健室にいた。
そばには佐藤さんがいて、何で佐藤さんが…とぼんやり思ってたら、それが顔に出てたのだろう、苦笑しながら「手が空いてたのが僕だけでね」と言われた。
僕が保健室にいるのは授業中に倒れたからだよって教えてくれたのも佐藤さんだった。
それから、僕が目覚めたことを報告しに行こうとした佐藤さんの服の裾を握って引き留めて、無理言ってそばにいてもらったっけ。
その流れで、いろんなことを話した。
そして言われたんだ。


「奥村くん。確かに授業は大事だよ?一時間聞き逃しただけで周りに差をつけられるからね。でも、そこで無理をして不調を悪化させたんじゃ元も子もないだろう?一時間と言わず、何時間も大事な授業を休まないといけないかもしれない。君はそれでいいのかい?嫌なら、これからは気を付けようよ」


…子どもに言い聞かせるような口調でゆっくりと諭されて、その言葉は僕の中にすとんと落ちてきた。
それと同時に、体調より授業を優先させようとしていた自分が恥ずかしくなった。
それから…えっと、確か…小さく返事はしたものの、すぐに布団を頭までかぶって隠れたんだったかな。
僕もまだ小学生だったしね。


「…君は十分頑張ってる。でもね、休憩くらい、してもいいんじゃないかな?」


その言葉を掛けられた時、隠れた布団の中で僕は泣きそうになった。
自分の頑張りを認められた気がして。
…そう、それからだ、僕が無理をしないようになったのは。
この一件で湯ノ川先生と神父さんにはすごく怒られちゃったけど、無理しないようにしようと思った一番の理由は、あの言葉。
佐藤さんの言葉は、今でも鮮明に残ってる。


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