aoex(雪受け)

□雨の中で隣の君と
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俺の誕生日は土砂降りから始まった。
雨が地面を激しく叩きつける音、傘に当たって水しぶきをあげながら流れていく音、ほんで雷ときたもんや。
年に一回の記念日やいうのに、こんな音ばっか聞いとると気持ちまで沈んでまう。


「…ほんま、ついてないわ」


寮から学校までの道のりをゆっくり歩く俺の右手には、傘。
前が見えへん程の大雨やからか、それとも、遅刻ぎりぎりやからか、周りには人っ子一人いてへんかった。
歩いとるのは俺だけ。
まるで世界に一人取り残されてしもたみたいや…そう考えて即座に否定する。
馬鹿馬鹿しい、何考えとるんや、自分は。
――そん時、雨の中歩く俺を嘲笑うように、聞き慣れた音が遠くから響いてきた。


「あ、チャイム鳴ってしもた」


これはもう遅刻確定やな。
俺は歩くスピードを落とした。
どうせ早よ行っても遅刻なんやし、濡れとるもんが乾くわけでもない。
さっきより激しなった雨が制服を濡らしていきよるけど、それも今更のこと。
"ゆっくり歩く"が"もっとゆっくり歩く"に変わったかて、学校に着くのが遅なるだけ、そう変わりはないっちゅうもんや。


「それにしても暗いわぁ」


まだ朝や言うんに、辺りは雨と雨雲のせいでどんより薄暗い。
人っ子一人おらんのに、ざあざあ煩い。
…これやから雨は嫌いなんや。
いいことないんよ、雨は。
せやから、そんな嫌いな雨が誕生日と重なってしもたことが残念でならん。


「金兄の電話なん嬉しい思うわけないやろ。俺は女の子から欲しいんや!!」


声高らかに叫んでみても、文句を言ってくる人は一人もおらへんかった。
そもそも周りに人がおらんしな。


「…学校行こ」


なんや空しなって、小さく呟く。
もう随分と歩いとる気がするけど、学校にはまだ着きそうになかった。
あーあ、こんまま行きよくと授業まで始まってまうわ。
みんなもう机についとるんやろな。
当たり前か、俺以外の人にとって7月4日は何でもない日、普通の日やもんな。


「誕生日、か」


今年は誰に祝ってもらえるんやろか。
坊や子猫さん、京都のみんなは期待してもいい…はずなんやけど、まだお祝いの言葉すらもらってないで?
…あれ、もしかして金兄からの電話て、一番のプレゼントやったんちゃうか…?


「な、なんちゅう悲しい誕生日や…!!」


悲しすぎて涙が出そうや!!
祓魔塾のみんなも期待できひんよなぁ。
出雲ちゃんが俺にプレゼントなんくれるわけないし、杜山さんは…うん、誕生日祝うのとか慣れてなさそうや。
宝くんなん何考えとるか分からへんし。
そもそも、みんな俺の誕生日が今日いうことを知らへんのとちゃう?
もし知っとったら、奥村くんやったらケーキくらい用意してくれるんかな。
若先生は…そう考えた時、俺の横を素早く横切る人影が見えた。
あれは…。


「っ若先生!!」


そう呼ぶと、その人影は動きを止めた。
雨で視界が悪うても何でか分かってもうたんや、あれは若先生や、って。
傘も差さんと、バッグが濡れへんよう抱えながら辺りをきょろきょろしよる。
その間も、人影は雨に晒されよった。


「若先生!!」


もういっぺん呼ぶと、その人影はこっちを振り返らはった。
果たして、見えた顔は。


「…ほら、やっぱりな」


確信に満ちた俺の声は、きっとこん大雨にかき消されたやろう。
当たったことに内心喜びながら、俺はその人影――若先生に、にっこりと笑いかけた。
あぁ、でも雨で見えへんやろか?


「志摩、くん…?」


近付いてきた若先生は、まだ確信を持ててないようやった。
もう目の前まで迫ってきとるんに。
…そこで気付いた、雨で濡れる眼鏡に。


「若先生、俺んこと見えてます?」
「…少し。でも、その声は志摩くんですね」


手でおざなりにレンズを拭きよるけど、濡れた手やから意味はなさそうや。
拭ってもすぐに雨粒つきよるし。
その無意味な動作がいつもの若先生らしゅうなくて、吹き出しそうになってしもた。


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