aoex(その他)

□居眠りの犠牲者
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「奥村くん、起きて下さい」


そう言って、雪男が燐に近付く。
教室の一番前の席で、しかも実の弟の授業中だというのに堂々と寝ている燐に、他の塾生達は呆れるしかない。


「なんや、奥村はまた寝とるんかいな…」
「奥村くんですもん、仕方ないですわ」


溜め息を吐きながら呟く勝呂に、どこか笑みを含んだ志摩の声が返る。
この光景はもはや日常茶飯事と化していた。


「奥村くん」
「んー…」


塾生達の視線は教室の前方に向いていた。
冷静にしつつも湧き上がる苛立ちを隠しきれていない雪男と、そんなのお構いなしに幸せそうに寝こけている燐に。


「…奥村くん」
「…んぅー…あと5分…」
「何言ってるんですか、授業中ですよ」
「じゃああと30分ー…」
「ちょっと兄さん!!何で伸びるの!!」


まさかの返答に声を荒げた雪男は、つい先生という仮面を剥ぎ取った。
いつものように燐のことを「兄さん」と呼ぶその姿は、塾生達にとってどこか物珍しさを含むものだった。


「今授業中だって言ってるでしょ。ほら兄さん、早く起きてっ」
「…んぅ〜」
「みんなの迷惑になってるんだよ?」
「っち…じゃますんなよぅ…」
「………」
「…すー…すー…」


親切で起こしてあげていた雪男に返ってきたものは、舌打ちだった。
剰え邪魔者扱いされ、雪男はこめかみがぴくぴくするのを抑えられない。


「…そう、そういう態度とるんだ」


地の底から響くような声音に、当事者ではないにも拘わらず、塾生達は背筋に冷たいものが落ちるのを感じた。
そして当の燐はというと。


「すー…むにゃ……」


…未だ幸せそうに、机に突っ伏していた。


「…兄さん……?」
「ゆ、雪ちゃん落ち着いて!!燐もきっと、…うん、きっと疲れてるんだよ!!だから少し寝かせてあげよう?ね、ね?」


しえみが思わずフォローに入る。
取り敢えず雪男を止めなければと慌てて発した言葉は、しかし。


「疲れてる?しえみさん、それは違います。兄さんは疲れてなんかいない、いや寧ろ元気は有り余ってるはずです!!」
「ゆき、ちゃん?」
「学校の授業では寝るかサボるかのようですし、他の塾の授業でも居眠りしていると先生方から聞きました」
「それは…確かにいつも寝てる、かも?」

「杜山さんは正直やね〜」
「…杜山さんは奥村の味方なんか敵なんか、よう分からんわ…」
「あれでも奥村くんのこと想って言ってるさかい、味方は味方やないんですかね。ただ、それが空回ってるだけいいますか…」


京都組がぼそぼそと声を交わすも、雪男の鬱憤は晴れることはない。


「それに寮でも、課題すらやらずいつもごろごろして…疲れているのは僕の方ですよ、こんな兄の世話を任された僕の!!」


眠る燐の両側にダンッと手をつく。
同じ机を使うしえみは、その凄まじい揺れに咄嗟に体を離した。
しん、と静まり返った教室。


「…雪ちゃん…こ、怖いよ…?」
「……はっ」


若干涙目のしえみに見られ、そして自分の行動によって変わった教室の空気を感じ取り、雪男は漸く我に返った。
いつも穏やかな雪男の怒りに、塾生達はどことなく引いた様子だった。


「はぁ…授業を続けます」


この騒ぎの中、それでも起きない燐にやがて諦めたのか、雪男は疲れたように呟いた。





雪男が教室を去り、今日の塾での授業は終わりを告げた頃。


「…ん〜……むにゃむにゃ」


燐はというと、絶賛夢の中だった。


「あいつはほんま、何時までここで寝とくつもりや…」
「奥村先生も見放しはりましたもんねぇ」


志摩がけらけら笑いながら燐を見やる。
その視線の先には、しえみが必死に揺さぶりながら燐を起こす光景があった。


「ねぇ、燐起きてっ」
「……ぐぅ…」
「もうっ燐、起きてってば」
「もーすこしー…」
「…雪ちゃんすっごく怒ってたよ?」
「すぅ…すぴー…」
「………」


あのしえみですら、燐の様子に諦めの空気を醸し出していた。


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