aoex(その他)

□僕と君だけの世界に
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授業が終わり、教室を出ようとした時。


「おっくむっらくーん」
「あ?…志摩?」


塾生の1人である志摩くんが、帰る準備をしていた兄さんに声を掛けた。
何とはなしに、その様子をぼーっと見る。


「何か用か?」
「用がないと声掛けちゃあきまへんの?」
「え、いや、そんなことねーけど…」


まさかそんな言葉が返ってくるとは思っていなかったのか、兄さんは途端に慌てた。
それを見た志摩くんがくすりと笑う。


「冗談やん、そんな真に受けんといてよ」
「あ…か、からかうなっての!!」
「いやぁ、なんや奥村くん、反応がかいらしいんやもん。やからつい、な」
「可愛くねぇよ!!バカにしてんのか!?」
「そんなんしてへんって」


恥ずかしさからか顔を仄かに染めながら、威嚇するように吠える兄さん。
それを軽くあしらった志摩くんは、漸く本題に入るようだ。


「ま、それは置いといてやな」
「それなら最初から変なこと言うなよ」
「えー、奥村くんがどないな反応するか見たかってん、ええですやん」
「よくねぇよ!!」


…と思ってたら、兄さんのせいでまた話が逸れてしまった。


「お前は冗談なのか本気なのかほんと分かんねーんだよ、だからそういうのやめろ」
「そういうのって何ですの?」
「だからっ、…そ、そういうのはそういうのだよ!!俺をからかうようなこと!!」
「奥村くんが勝手にからかわれよるだけやないん?」
「お前さっき『どんな反応するか見たい』とか言ってたじゃねーか!!確信犯だろ!!」
「ちゃいますって」
「いーや、わざとだろ!!お前いっつもそんなんじゃんっ、俺の反応を楽しんで…!!」


どうやら志摩くんとのこういうやり取りは以前にもあったらしく、ついに兄さんの堪忍袋の緒が切れた、ってとこかな。
そのまま文句を付けるんだと思ったけど、ふと何かに気付いたように、兄さんの怒声と動きが止まった。


「あれ、そういや…勝呂と子猫丸は?」


兄さんのその言葉に、勝呂くんと三輪くんの姿がないことに気付く。
教室には、兄さんと志摩くんと僕だけ。


「そう、それを言いたかったんよ!!なんやえらい遠回りしてしもたわぁ」
「は?」
「今日坊と子猫さんな、課題があるから言うて急いで帰ってもうたんよ」
「…それで?」
「せやから、奥村くん、一緒帰らへん?」
「なっ…なん、だよ。それを言うためだけに話し掛けてきたのか?」


志摩くんのお誘いに、兄さんは明らかに動揺していた。
それもそうだろう、きっと今まで僕以外の人から『一緒に帰ろう』だなんで言われたことはないはずだ。


「わざわざ、俺に?」
「あれ、もしかして迷惑やった?」
「迷惑なんかじゃねーよ!!その、びっくりした、っていうか…」
「そない驚くことやろか?」
「驚くだろ」
「驚かへんて」
「驚くっつの!!」
「はい、2人ともそこまでです。もう外も暗くなってきています、いつまでここにいるつもりですか?」


このままじゃ終わりが見えないと思い、2人に向かって声を掛ける。
兄さんと志摩くんの視線が、僕に向いた。


「この教室ももうすぐ閉めますし、早く帰宅しましょうね」
「ほら、若先生もこう言わはってるし、早よ帰りません?奥村くん」
「お、おう、そうだな…」


止まっていた帰り支度を急いで済ませた兄さんは、志摩くんと連れ立って歩き出す。


「じゃあ雪男、先に帰ってるな」
「うん。今日は遅くなると思うから、先にご飯食べてていいよ」
「何時くらいになりそうなんだ?」
「うーん…8時くらい、かな」
「それくらいなら待っとく」
「え、でも…」
「いいって、そんくらい。仕事頑張れよ」
「ありがとう兄さん。また後でね」
「おう」


兄さんとの会話は終わり。
僕は次に、志摩くんへと視線を向けた。


「兄をよろしくお願いします」
「任せとってください。ほなら先生、また明日です」
「はい、お疲れ様でした」


その会話を最後に教室を出て、僕は兄さん達と逆の方向へと歩を進めていった。


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