aoex(その他)

□どんなお前でも
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距離を置いていた中学時代、祓魔塾で先生と生徒という関係だった高校時代。
高校卒業後は、俺は祓魔師、雪男は医学部と別々の道を歩み始めた。
だからなのか、小さい頃は俺の後ろをついて回ってはいつも浮かべていた満面の笑顔を、滅多に見られなくなっちまった。
…でも、それも少し前までの話だ。


「兄さん、僕お腹空いちゃった」
「…だから?」
「何か作って?」


にっこり、雪男が笑う。


「ねー、何か作ってよ兄さん」


雪男は駄々をこねる子どものように、そればかりを繰り返す。


「兄さん、聞いてる?」


首を傾げながら、満面の笑みで俺を見る。
いっつも気を張って弱みや辛さを表に出さなかった雪男が…他人に対しては愛想笑いばかり、俺に至っては怒った顔や困った顔しか見せてくれなかった雪男が…笑いかけることすらしてくれなくなっていたあの雪男が!!
当たり前のように俺を頼る、当たり前のように俺に笑顔を向ける。


「お、おぅ…聞いてっけど」
「よかった。ね、何か作って?」


今日は一段としつこいな…そんなにお腹空いてんのか?
…いや、そもそもおかしいだろ。
何で俺が作らないといけねぇんだ?
確かに料理は俺の方がはるかに得意だけど、雪男だって、ここ数年で簡単な料理はできるようになったはずだ。
別に俺が作る理由はない。


「自分で作れよ」
「いや」
「嫌って…即答かよ」
「兄さんの料理が食べたいんだよ。兄さんの作ったおにぎりが食べたい」
「何だ、そんなのでいいのか?そんくらいなら兄ちゃんが…ってなるわけないだろ!?自分で動きなさい!!」
「えー、いや」
「嫌じゃないっ」


まったく、何でこうなっちまったんだ。
昔はてきぱきと動く、やることは期待以上にやってのけるできた弟だったのに。
…ま、原因なら分かってんだけどさ。


「はぁ…今回だけだぞ?」
「ほんと!?ありがとう兄さん!!」


にこにことお礼を言われれば、頼られてるみたいで悪い気はしない。
作ること自体は嫌じゃねぇしな。


「じゃあ作ってくっから」
「うん、いってらっしゃい」


雪男に見送られ、俺は雪男リクエストのおにぎりを作るため食堂に向かった。





「おにぎり、か…」


ご飯はあるし、鮭や梅干しと具になるものもいくつかあったはずだ。
それらを素早く準備して作り始める。
腹を空かせた弟が待ってるからな。


「…昔はこんなんじゃなかったのにな」


つい独り言が漏れてしまう。
おにぎりを作る手を休めないまま、俺の中では悔しさと情けなさが渦を巻いていた。
しっかりとして大人びていた雪男だけど、あいつは俺の弟だ。
兄ちゃんが弟を守らなくてどうするんだよ…そう、雪男があんな風になっちまったのは、本当に最近の話なんだ。

――それは、数週間前の話だ。
俺の祓魔師としての給料だけじゃ医学部の学費を払えないってことで、雪男は勉強で忙しくしながらもバイトをしてくれていた。
そのバイトってのがコンビニ、夜でもシフトに入れるからだった。
でも、その夜のシフト中に事件は起きた。
その日、大学生くらいの奴が数人、すっげぇ酔っ払った状態で来たらしいんだ。
酔っ払いくらいだったら、夜も遅いしそう珍しいことでもない、って雪男から聞いてたんだけど…そいつらは質が悪かった。


「おにいちゃ〜ん、俺らお金ないのよ?…お酒、タダにしてくんねぇ?」


チャラい物言いで絡んできた男に、それでも雪男は冷静に対応したらしい。


「お金がないのなら売れません」
「別にいいだろ?なぁ、売ってくれよ〜」
「売れないと言っているでしょう」
「…売れっつってんだろ!!」


言って、男は突然雪男に殴りかかった。
咄嗟のことに避けきれなかった雪男は、左頬を殴られて転倒したんだ。
それで少し気が済んだのか、その男達は笑いながら出て行ったらしい。
…奥で休憩に上がってた店員が来た時には、雪男はぼろぼろ涙を零しながら、呆然とうずくまっていたそうだ。


「メガネ、壊れ…神父さんからもらったメガネが…っ」


そう、呟きながら――。


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