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□愛される人
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「奥村先生、」
「…やめて、ください」


小さく漏らした言葉は、明らかな拒絶。
何も聞きたくない、その気持ちを表すように固く目を瞑り両耳を必死に塞いどる。
何も言いたくない、その気持ちを表すようにぎゅっと唇を噛み締めとる。


「聞いて下さい、奥村先生」
「っ嫌です!!」
「……ほんなら、奥村んことはもう聞きません、答えんでええですわ」


できるなら奥村先生の気持ちを聞きたかったんやけど、これ以上好きな人を追い詰めるんは俺も楽しいもんやない。


「答えんでええから…俺の話だけでも、聞いてくれませんか?」


答えんでいいゆうんは効果があったんか、薄く目を開いて俺ん方を見てくれはった。


「奥村先生が奥村んことを好きなんは知ってます」
「…っ」
「せやけど、そんなん関係ない」
「…やだ…やめて…」
「俺は、奥村先生のことが好きなんです」
「やめろよっ!!」


響いたんは、奥村先生の素の口調。
奥村や霧隠先生くらいにしか使われへんその口調が自分に向けられた、そんことを嬉しい思たんは内緒や。


「奥村んこと諦め切れへんのでしょう?」
「君に何が分かるんです!?」
「分かるわけないやないですか。奥村は志摩と付き合うとる、奥村先生かてそのこと知ってはりますやろ?」
「知ってるに決まってるだろっ!!」


睨み付けられても少しも怖ない。
一つ一つの言葉に棘があっても、腹立っとるんが伝わってきとっても。


「でも!!それでもっ、僕は兄さんのことが好きなんだよっ!!」
「そんなん知りません。…報われへん恋続けるより、俺にしまへんか?俺やったら、奥村先生んことを大切にできます」


思い切ってけしかけてみる。
嫌らしい方法なんは分かっとる。
せやけど、もうこないな姿見たないから。


「勝呂、くん」
「奥村先生んこと、俺ほんま好きなんです。教科書を読む声、チョークを握る指、悪魔倒しよる時の立ち居振る舞い…先生の全てが、綺麗に見えるんですわ」
「…僕は、そんな人間じゃない。実の兄に報われない想いを抱き続ける、哀れな人間に過ぎないんだ」


奥村先生の頬を、涙が一筋零れ落ちる。
またしても俯いてしもた先生。
顔は見えへんくなったけど、膝んところで握り締めとる拳に水滴がぽたぽた落ちよるのが視界に入った。


「泣かんとって下さい、先生」
「だっ、て…僕は…」
「…そんな奥村先生やから、俺は好きになったんです。誰にも頼ろうとせん、自ら孤独になろうとするお人やから、俺が守ってやりたい、…そう、思ったんです」


泣いとる顔なん人に見せたないやろうから、奥村先生の顔を俺ん胸に押し付けるみたいにして抱き寄せる。
瞬間、奥村先生の体が強張りよったけど、俺が離す気ぃないんが伝わったんか、大人しゅう抱き締められたままでいてくれはった。


「…面白い人ですね、君は。自分ですら好きになれない僕のことを、好きだなんて」
「面白い思うなら、俺と付き合うて下さい。ほんで、自分こと好きになって下さい。俺に愛されよる内に、愛されとる自分ことをきっと愛せるようになれるはずですから」
「す、勝呂くん……そんなは、恥ずかしい台詞、よく言えますね…」
「…あんたが不安になっとるからやろ」
「え?何か言いましたか?」
「いや、何もありません」


顔を赤くしながらもくすくす笑ってくれよる奥村先生を見とったら、あないな台詞くらい気にもならん。
それよりも、俺に興味持ってくれたみたいやし、これで俺んことも見てくれるやろう。
それだけでも目的は達成されたもんや。


「…勝呂くん。…ありがとうございました、こんな僕のことを、好きでいてくれて」
「『こんな』なん言葉、使ったらあきませんて。…そうやな、まずは自分は愛されとる人間やて自信持ってもらえるよう、仰山教えこまんといかへんみたいですね」
「ふふ、それはなかなか大変ですよ?」
「奥村先生を惚れさせるため思たらこんくらい苦でもないですわ」


そん言葉にまた顔を赤くしはった奥村先生を可愛らしい思いながら、俺はこれからのことに思いを馳せる。
精々覚悟しときぃな、奥村先生。



◇おわり◇

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