aoex(燐受け)
□胸に秘める想い
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「………はぁ」
…俺が、サタンの息子だとバレた。
そのせいでしえみと気まずくなって、勝呂からは嫌われて、子猫丸からは避けられて。
出雲は変わらず接してくれるし、志摩とは仲直り出来たけど、でもやっぱり寂しい。
トモダチ、というものを知ったからこそ、その寂しさは俺の中で大きく膨らんでいた。
俺は、生まれてきてよかったのかな。
俺は、この世にいていい存在なのかな。
この問いに、答えてくれる人はいるのだろうか、肯定してくれる人が―――。
「――…ん、…さん…――兄さん、」
「ぅん?…ゆきお?」
「ただいま」
ベッドに横たわっていた俺が目を開けると、ニコリと笑みを湛えた雪男の顔。
今日は土砂降りの雨だったので夕方だというのに外は既に暗く、任務に出ていた雪男の体は少しだが濡れていた。
「…おかえり。もうそんな時間か」
「まだ夕方だよ。もう少し寝とく?」
「いや…ご飯、まだだろ?急いで作る」
怠い上半身を起こし、いざ立ち上がろうとするが、何故か力が入らなかった。
「…兄さん?」
「あ、あはは…ね、寝過ぎたからかな?体が思うよーに動かねーなー…なんて」
雪男が怪しむような視線を送ってくるのが肌にびしびしと伝わってくる。
でも、心配させるわけにはいかないから。
…本当は分かってんだ、さっきまでぐるぐるぐるぐる考えてたことが原因だ、って。
「それじゃ、俺はご飯を作りに…」
「――兄さん」
「っ!?……ゆき、お…」
抱き締められている、弟に。
まるで逃がさないとでもいうように、がっちりと後ろから抱き締められていた。
濡れて冷え切っているはずなのに、背中からじわじわと雪男の体温が伝わってくる。
「…何、どうしたんだよ?雪男」
「兄さんこそどうしたのさ、いつものバカみたいな元気はどこにいったの?」
「……バカって言うな」
「ちょっと、ほんとにどうしたの?」
いつもは大げさなまでに反応する“バカ”という単語でも、今日は特に何も感じない。
…それでも、やっぱり雪男に言われると悔しいわけで、少し反応しちまったが。
それがいけなかったのか、俺の反応の薄さに雪男は尚更心配になったらしく、抱き締める力は強くなり顔まで覗き込んできた。
「体調でも悪いの?それとも、また喧嘩でもした?おかしいな、そんな話は入ってきてないんだけど…」
…おい待て、入ってきてないって何だ、お前はどんな情報源を持ってんだ。
俺にプライバシーというものはないのか。
「だからっ、ただ寝過ぎただけだって!!いきなり動こうとしたから体が動かなかったんだよ!!…だからさ、心配すんな」
へらへら笑いながら言ってみたが、いつものように笑えていただろうか?
「笑えてないよ」
「え…」
「笑えてない、って言ったの。…僕にくらいはさ、心配掛けてもいいんじゃない?」
「雪男…お前、人の心読めたの?」
「そうじゃないでしょ」
溜め息混じりに言われ、意図せず肩がびくっと跳ねた。
呆れられた?…嫌われた?
「…兄さんはさ、僕と双子でよかった、って思ってる?」
「へ?」
いきなりの質問に俺は首を傾げた。
“双子でよかった”?
「急に何だよ」
「僕はね、兄さん。兄さんと双子でよかったと思ってるよ。バカで考えなしで世話がかかるダメな兄さんだけどさ、」
「おい」
「それでも、そんな兄さんが僕の兄さんでよかったなって思ってる」
「………」
「ねぇ、兄さんは?」
「俺、は……」
俺は、どう思ってる?
雪男が弟で、俺は雪男の兄ちゃんで、俺達は双子で、ほんとによかった?
今まで一緒に育ってきて、でも実はサタンの息子で、しかも俺は悪魔で、ただ雪男は人間で、ほんとによかった?
「……よかった、と、思う」
「そう」
少し安心したような響きに、俺は後ろにいる雪男に視線を向けた。
「どうしたの、兄さん」
その声は、どこまでも優しくて。
俺に説教を繰り返すいつもの雪男とは違うようで、でもそれはやっぱり雪男で。
…そんな不思議な感じがしたからだろうか、つい、心の奥底に秘めていた不安な感情が爆発してしまったのは。
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