aoex(燐受け)

□視線の先には
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(雪男視点)


ぱたん、ぱたん…ぽすっ。
僕のマンガを勝手に持ち出して勝手に読んでいる兄さんの尻尾が、音を立てながらベッドを叩き、やがて、倒れ込むようにへにゃりとなって投げ出される。
ベッドに俯せで横になっている兄さん。
その兄さんから生える黒い艶やかな尻尾は白いベッドに映え、乱暴でがさつなイメージとはどこかかけ離れていた。
――触ってみたい、そんな考えが過ぎる。


「んー…」


かさ…ゆらゆら、ぽすん。
動いたと思ったら突然ゆっくりと揺れ、またへにゃりと白い海に投げ出される。


「あは、あははははっ」


ぱたぱたぱたぱたぱたっ。
何が可笑しかったのかは分からないけど、いきなり笑い出したかと思うと、兄さんの尻尾はせわしなく左右に揺れ始めた。
この尻尾は兄さんの感情をありのままに表現しているから、見ていてほんとに飽きない。


「…うぅっ、うー…」


ぽすん……。
今度は泣き出したかと思うと、兄さんの尻尾は力無く沈んだ。
その様子をじっと見つめている僕。


「……なぁ、雪男」


次はどう動くのかなと尻尾ばかり見つめ続けていたら、不意に声を掛けられた。
その声に顔を上げると、兄さんが僕を見ていることに気が付き、首を傾げる。


「何?どうかした?」
「いや、さっきから視線が…」
「視線?…おかしいな、この部屋に悪魔はいないはずだけど」
「違ぇよ!!お前の視線!!」
「え?僕の?」


どうやら、僕の視線が気になったから声を掛けてきたらしい。
マンガに集中しているから大丈夫だと思っていたんだけど、とんだ誤算だ。
いや、でも僕は別に悪いことはしていない、ただ尻尾を観察していただけだし。


「そんなに気になった?」
「あんなに見られてりゃ気になるに決まってんだろ。マンガに集中できねぇよ」
「ていうか兄さん、マンガ読む暇あるの?課題は終わった?」
「え、あー…うん、……うん」
「…誤魔化すくらいしたらどうなの?」


"課題"という単語に反応したのか、目を泳がせながら生返事をされた。
でも最終的に手元のマンガへと落ち着いた視線に、僕は呆れるしかない。
自然にまたマンガを読み始めた兄さんにも。


「…ねぇ、僕の話聞いてる?」
「へ!?あっ、き、聞いてるっつーの!!」


ビクッと肩が跳ね、明らかな嘘をつきながら慌てて僕に視線を動かした兄さん。
それと一緒に、尻尾がピーンと伸びる。


「じゃあ、課題は?」
「…オワッテナイデス」
「だろうね」


溜め息をつくと、兄さんはすぐさま体を起こして体を丸め、びくびくと怯え始めた。
怒られるとでも思っているんだろう。
そんな兄さんにゆっくりと近付いていく。


「ゆ、雪男さん?あの、怒って…」
「ないよ。全然」
「いや絶対嘘だろ!!」
「ほんとに怒ってないってば」


そう、本当に怒ってはいない。
怯える兄さんから生えている尻尾が、持ち主に倣ってぴくぴく跳ねていることに興味が沸き、我慢していることが馬鹿らしくなった、ただそれだけだ。


「ふふ、僕が怖い?」
「こ、怖いわけねーだろ…」
「なら僕のことを見てよ。目、泳いでる」
「うー…」


ついには俯いてしまった兄さんは、眉間に皺を寄せ困った顔をしていた。
その様子にくすりと笑いが漏れてしまい、兄さんは一層皺を深くした。


「こ、こっちくんなっ」
「何で?どこに行こうと僕の勝手でしょ」
「っいや、」
「ほら、捕まえた」


ベッドの奥まで追い詰め、震える兄さんの体をぎゅっと抱き締める。
すると、震えがより酷くなった。
おかしいな、僕は別に怒ってないのに…というか、笑みすら湛えている自覚がある。
なのに、何でそんなに怯えているんだろう。


「傷付いちゃうな、そんなに震えられると。まるで僕が兄さんをいじめてるみたいだ」
「ゆ、ゆきお…?」
「それなら、期待に答えてあげないとね」


――ちょうど、その震えて縮こまっている尻尾を触りたいと思っていたとこなんだ。
ニコリ、笑みを浮かべてそう言い放った。


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