aoex(燐受け)

□隠された意味
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「奥村くん、問題です」
「はぁ?…いきなりなんだよ」


晩ご飯を食べ終わって、お風呂も入り終わって、今日は奇跡的に課題も終わっていたからさぁ寝るかとベッドに腰を下ろした瞬間。
勉強をしているとばかり思っていた雪男が、突然先生口調で話し掛けてきた。
椅子に座ったまま、俺の方を見ている。


「てゆーか、俺もう寝るんだけど」
「静かにして下さい、奥村くん」
「…無視かよ」


溜め息をつき、2人しかいないというのに頑として先生口調を止めない雪男の話を大人しく聞くことにした。


「で?問題って何だよ、雪男」
「先生、でしょ?」
「…問題って何ですか、奥村せんせー」


めんどくさいなぁと思いつつ訂正して聞き直すと、雪男が満足そうに頷いた。


「無知で世間知らずな奥村くんに、先生が特別に問題を用意しました」
「っ……そ、そりゃどうも」


相当バカにされていることは分かったが、楯突いていても話は進まない。
吃りながらも、俺は聞き流してやるという大人な対応をしてやった。
俺は雪男の兄ちゃんだからな、たまには弟の遊びにも付き合ってやらねぇと。
ふふん、さすが俺。


「…奥村くん、何にやけてるんですか?」
「あ、え!?」
「変な顔してないで、ちゃんと僕の話を聞いて下さいね」


どうやら俺はにやけていたらしい。
やべぇやべぇ、雪男が変な目で俺を見てる…こいつ怒ると怖ぇんだよな。


「はーい、聞いてます」
「よろしい」
「で、問題ってなんですかー?」
「『月がきれいですね』」
「…は?」
「『月がきれいですね』、この言葉の意味を知っていますか?」


月がきれいですね?
いや、確かに今日は満月だし、月はきれいかもしんねぇけど…それが問題か?


「意味も何も、月がきれいって言ってるだけじゃねぇか。意味とかあんのか?」
「…はぁ」
「人の顔見て溜め息つくなっ!!」
「やっぱり奥村くんですね、こんな有名な言葉を知らないなんて」
「な、何だよ…誰かの言葉なのか?」
「そうです。あと、敬語」
「うぅっ…だ、誰か有名な人の言葉なんですか?奥村せんせー」
「そうですね、有名な人の有名な言葉です」


月がきれいですね、か…だめだ、聞き覚えが全くない。
そんなの学校で習ったか?
…まぁ、まともに中学にも行ってなかったから知らないだけなのかもしんねぇけど。


「知らない奥村くんのために、1日時間をあげます。誰かに聞いてもいいので、答えを見つけてきて下さいね」
「ま、まじかよ」
「奥村への特別課題です」
「うげぇ…」
「明日の夜にまた聞くので、その時は答えられるようにしといて下さい」


思わぬ課題が出てしまった…。
明日塾が終わってみんなに聞いてみるか。
有名な人の有名な言葉って言ってたし、勝呂とかならきっと知ってるだろ。


「えっと…『月がきれいですね』、だったよな?じゃなかった、ですよね?」
「はい、そうです」


慌てて敬語に直したからか、雪男は特に気にした様子はなかった。
ていうか、そもそも雪男は何でいきなりこんなことを言い出したんだ?
今日は真面目に課題をやったし、これは塾には関係ない課題のはずだ。
対悪魔薬学に『月がきれいですね』なんて言葉が出てくるとは考えられない。
じゃあ、やっぱ学校の方か?
学校でもいつも寝てばっかりだし、その時に出てきた言葉とか…次の試験で出てくるから覚えておけってことかも。
…そんなことをぐるぐると考えていると、雪男がまた口を開いた。


「それと、その言葉の意味ですが」
「ん?」
「奥村くんに…兄さんに対する、僕の気持ちでもありますので」
「…は?」
「じゃあ、これで授業を終わります」


俺に対する、気持ち?
『月がきれいですね』が?


「…って、今の授業だったのかよ!!」


俺の声は、旧男子寮に虚しく響いた。


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