aoex(燐受け)

□その一言が
1ページ/3ページ



始まりは、下らない喧嘩だった。


「兄さん、冷凍庫に入れておいた僕のアイス知らない?」
「あー…し、知らない」
「何その分かりやすい嘘」


冷凍庫にあった一つのアイスクリーム。
それが雪男のだとは知っていた。
俺と雪男しかいない寮の冷凍庫にあって、それが俺のものじゃないのなら、必然的に雪男のものになるからだ。


「食べちゃったの?」
「いや、あれはクロが…」
「言い訳しない」


ピシャリと言い放たれ、言葉に詰まる。


「うぅ…で、でも、アイスくらいでそんなに怒んなくてもいいじゃねーか」
「アイスくらいって、兄さんが同じ立場だったらきっとすごく怒ってたと思うよ?」


言われて、想像してみる。


(なぁ雪男、俺のゴリゴリ君食べた?)
(あ…ごめん、兄さん。暑かったし、さっき全部食べちゃった)
(はぁ?お前ふざけんなよっ!!あのゴリゴリ君はなぁ、俺が風呂上がりに食べようとなけなしのお金で買ったやつなんだぞ!?)
(だから、謝ってるじゃない)
(今すぐ買って来ないと許さねぇからな!?)


…うん、俺だったら怒るな。
それもめちゃくちゃキレると思う、買い直してくるまでへそを曲げているだろう。


「………」
「ね?僕の気持ち分かった?」
「…分かった」


これはもう、素直に頷くしかなかった。


「兄さんが食べたって認めるね?」
「…認めます」
「よろしい。じゃあ、謝ってよ」


…ここで、終わっていればよかったんだ。
俺が悪いことは分かっていたんだから、意地なんか張らず、謝っていれば。
雪男の言い方にカチンときたけど、言い返したりなんかしなければ。


「おい、何だよその上からな言い方」
「今回は兄さんが悪いだろ」
「だからって」
「悪かったら謝るって、よく神父さんも言ってたじゃないか。忘れたの?」
「わ、忘れたわけじゃ…」


実際、ちゃんと覚えていた。
俺は喧嘩をしてばかりだったから、その度に怒られていた気がする。
――自分が悪いならば、きちんと謝る。
わざわざ雪男に言われるまでもなく、ジジイからよく聞かされていたその言葉は記憶に強く残っていた。
だから、雪男にも謝ろうと思ったんだ。


「ただその言い方が、なんつーか…む、むかつくんだよ!!」
「僕の言い方が?何その言い訳。悪いのは兄さんなんだから、ちゃんと謝ってよ」
「そういう言い方が、俺をガキ扱いしてるみたいでむかつくって言ってんだ!!」
「むかつくむかつかないじゃなくて、兄さんが謝れば済む話でしょ」
「そうかもしれねぇけど、なんかこう…もっと言い方ってもんがあるだろ!!」
「そんなこと言うなら、元はと言えば兄さんが僕のアイスを食べたことが原因なんだからね?分かってるの?」
「分かってるっつーのっ!!」


言い争いはヒートアップしていく。
ここまできたら俺も謝るに謝れなくなって、勢いのままに雪男に言い募る。


「お前はいちいち言い方がウザいよな、お母さんかっての」
「いつまでも子どもな兄さんが悪いんじゃないか、人のせいにしないでよ」
「あーっもうむかつく!!ほんっと可愛げなくなったよなお前!!」
「ほら、またそうやって話を逸らす。謝るっていう簡単なこともできないの?」
「っ…、…もういい、お前なんか知らねぇ」


俺は謝る気がなかったわけじゃない。
なのに何でこんな風に言われなきゃなんねんだよ、謝るくらい俺にだってできる。
それをできなくさせたのは、言い出しにくくしたのはお前じゃねぇか。


「お前なんかどっか行っちまえっ!!」


雪男に向かってそう叫び、俺は雪男の顔を見ることなく、全速力で部屋を飛び出した。
どっか行っちまえと言ったのに自分が飛び出してどうすんだと思ったけど、あのまま雪男と同じ場所にいることはできなかった。

…本当は、あんなひどいことを言うつもりなんてなかったのに。
俺が謝っていれば、すぐに仲直りができて、2人で笑いあえたのに。


.

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ