aoex(燐受け)
□俺の思い通り
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「まーたフラれてしもた…」
赤くなった右頬を押さえ、とぼとぼと歩いているのは志摩だ。
どうせまた女に思い切り叩かれたんだろう、頬が手のひらの形に赤くなってる。
はっ、いい気味だな。
…ただ、やっぱり叩くのはやめてほしい。
志摩の顔に傷を付けていいのは俺だけなんだし、そこはちょっとムカついた。
だからってまたあの女に近付きたくはねぇんだけどな、あいつ香水くさかったし。
「何でやろ、俺今回は何もしとらんのに…叩かれるようなことしたやろか?」
一人でぶつぶつ言いながら歩く志摩を、俺は物陰から眺める。
平静を装いながら、きっと頭ん中じゃフラれた原因を必死に考えてんだろうなぁ。
答えなんて出るわけないのに。
だって、志摩は今回の女にはまだ何もやってねぇんだから。
「…やっぱ分からへん」
考えるのは放棄したみてぇだな。
しかも志摩が向かう方向は旧男子寮、俺が今いるだろう場所だ。
実際はいないんだけど。
女にフラれて叩かれた痕を残しながら恋人の俺のとこに来るとか、いい度胸だよな。
「奥村くんおるかなぁ、会いたいわ〜」
さっきまでの落ち込みはどこへやら、途端にスキップしそうなくらい嬉しそうな顔になりやがって…うん、先に旧男子寮に戻って志摩を出迎えてやるか。
「おっくむっらくーん!!」
「おう、志摩。寒いだろ?入れよ」
「ほなら遠慮なく。お邪魔しまーす」
俺が旧男子寮に着いて数分後、志摩が元気よく現れた。
俺はいつも通りに迎え入れる。
「今日若先生はおらんの?」
「任務だってさ。あいつぜってぇ高校生じゃないよな、中身おっさんだろ」
「見た目は子ども、中身はおっさんて…そんなんなりたくないわぁ」
そんな下らないやり取りをいつも通りに交わし、俺の部屋へ向かう。
さっきまでのことはなかったことにするかのような志摩の振る舞いに、少しイライラ。
「志摩はそこな。俺はベッドに座るから」
「えー、俺が奥村くんのベッド座りたかったわぁ。何で俺椅子なん?」
「志摩だから」
「ちょ、やめてぇよその志摩差別!!あ、ほなら一緒にベッド座ればええやん」
「もういいから大人しく椅子座れって」
じゃねぇと、お前のことを見上げらんねぇだろうが。
椅子とベッドだと、ベッドの方が低い。
俺が椅子で志摩がベッドだと志摩を見下ろす形になるし、一緒にベッドに座ると目線がそんなに変わらなくなる。
見下ろすのは見下ろすのでいいけど、やっぱ問い詰めて追い込むには上目遣いだろ。
「えー」
「…早くしねぇと追い出すぞ?」
「うぇっ、そんなんやめてぇな!!」
慌てて志摩が椅子に座り、それを確認してから、俺もベッドに腰を落ち着かせる。
さーてと、じゃあ始めるか。
「で?」
「ん?何?」
「何で連絡なしで来たんだよ?いつもなら必ず連絡して来るよな?」
「あー…えっと、」
「しかも、頬んとこに手形つけて」
「っ!?」
ばっ、と志摩が頬を押さえる。
次の瞬間には、しまった、という表情。
「あれ?何で隠すんだ?」
「あ、あんなっ、奥村くん、これは、」
「これは?」
「これは…っそ、そう、坊!!坊に殴られたんよ!!ごっつ痛かったわぁ」
奥村くん慰めてぇな、隠すように頬を押さえたまま俺を見つめてくる。
でもな、志摩。
その目が言ってんだよ、本当のことがバレませんように、って。
「へぇ、勝呂に」
「そうなんよ〜、酷いと思わへん?さっきまで寮の部屋で勉強しとったんやけど、何度も同じところで間違えるからー言うて思い切りばちんっ、やで?」
「そうなのか、大変だったな」
目をうろうろさせながら必死に言い訳を探す志摩が面白くて仕方ない。
それをもう少しだけ見てたくて、適当に相槌を打っていく。
「やろ?せやからな、つい部屋から逃げてきてしもたんよ」
「だから連絡なしに来たのか」
「い、急いで部屋出たから携帯忘れてきてしもて。堪忍な?」
「ふーん。…でもさ、それおかしくね?」
俺の一言に志摩の顔が強張る。
…馬鹿だなぁ、志摩は。
言い訳しなくても、俺全部知ってんのに。
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