aoex(燐受け)

□気持ちの共有
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辛い、痛い。
生きているのが苦しいんだ。


「誰か、俺の話を聞いて…?」





自分の部屋という閉鎖されたこの空間で、接するのは実の親だけ。
学校にも行ってないし、そもそも家から出してすらもらえない。
俺の居場所は、この部屋と家だけだ。
起きて、食べ物を与えられて、暴力受けて、風呂に入って、また暴力受けて、そして、気絶するように眠りに就く。
毎日、その繰り返し。

そんな毎日に、俺は一つの行動を加えた。
携帯電話を手に持ち、適当に番号を押して通話ボタンをぽちり。
これが、最近の俺の日課。


『はーい、どちらさん?』
「あ、と…えっと…」
『――あぁ、間違い電話なんかな?どこの誰か知らへんけど、気を付けなあかんよ?』


じゃあね、そう言い残して切られた。
あぁ、まただ。
俺の日課、それは、話を聞いてもらうために知らない番号へ電話を掛けること。
もう苦しくて辛くて、せめて誰かにこの苦しみを聞いてもらいたくて。
でも、まだ成功したことはない。
日課と言うくらい掛けているにも拘わらず、俺の話を聞いてくれる人はいないんだ。
誰もが間違い電話だと思って、すぐに切ってしまう。
俺はただ、話を聞いてほしいだけなのに。


「…もう、いっかい」


今日はこれで最後にしよう、そう思いながら震える指でボタンを押していく。
0、9、0…5…3…――。


『はい』


男の人みたいだ。
声からして、俺と同じ年齢くらい?


「あ、あの…」
『…すみませんが、どちら様ですか?』


聞こえてくるのは、すごく優しそうな声。
俺がしどろもどろしてるから困っている様子だけど、丁寧に話し掛けてくれる。
この人だったら、もしかしたら。


「…あの、その…っ!!」
『まずは落ち着いて下さい。ゆっくりでいいですから』


やっぱり、今までの奴とは違う。
俺のことを気に掛けてくれる、俺に合わせて話をしてくれる。
あぁ、俺はこういう人に会いたかったんだ。


「…やっと、会えた」
『え?』


俺の言葉に戸惑ったような声を出す、電話の向こう側にいる人。
名前も顔も、それこそどこの誰かもさっぱり分からない相手だけど、やっと会えた、そう思ったんだ。


「俺の話を聞いて…?」


どきどきしながら、その言葉を電話越しに伝える。
どう反応されるだろう。
見ず知らずの、姿すら見えない意味分からない人から、いきなりそんなことを言われて。


『うーん…』


あぁ、やっぱり困ってる。
そりゃそうだよな、話を聞いてとか言われても気味悪いだけだし…。
そう諦めかけた俺の耳に届いたのは、予想していた返事とはかけ離れたものだった。


『今、ちょっと時間がないんですよね。夜なら空いてるんですけど…それからでもいいですか?』
「え…いい、のか?」
『僕は別にいいですよ。また掛け直すことになりますけど』


優しげな声に、俺は泣きそうになった。
こんな人もいるんだ。
今までの俺の世界にはいなかった人。


「なら…聞いて、ほしい」
『僕でいいならどうぞ。君の気が済むまで話を聞きますよ』
「…うん」
『じゃあ、次は僕から掛けますね。この番号でいいですか?』
「うん、いい」
『分かりました』


じゃあね、そう言って切られた。
別れの言葉はさっき掛けた人と同じだったけど、暖かさや優しさが全然違う。
そして何より、今回は約束がある。
名前を聞くことなく通話は切れてしまったけど、また、さっきの人と話すことができる。


「…夜、か」


夜になるまで時間はまだまだある。
それまでにまた親からいろいろやられるんだけど、さっきの人と話せると思ったら、それすらも耐えられる気がした。

次に話す時は、まず自己紹介をしよう。
俺のことだけじゃなくて、電話の向こうの優しいあの人のことも知りたくなったんだ。
色も楽しみも何もない俺の毎日に、光が差した気がした。


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