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□10)日をまたいで
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『ごめん、際ちゃん!』

『・・・』

『ほんっとごめん!もういっぱいいっぱいだったの!!!』



放課後、テニス部の部室で跡部と話をして、結局生徒会書記を引きうけてしまった。

その上、報道委員との両立を断言してしまい、そのことで頭がいっぱいになった私は、部室の外で私を待っているはずの際を置いて、ずんずんと1人で帰ってしまったのだ。

マナーモードにしていた携帯には際からの着信とメールが何件も来ていたが、気付いたのは家について制服から家着に着替えて、ふと携帯を見た時だった。

その頃には時刻はもうすぐ7時になるところで、さすがに際も家についている。

そして則電話をして、今の状況に至る。



『携帯もマナーモードでええぇえ…』

『…泣かなくてもいいじゃない。別に怒ってないよ。心配はしたけど。』

『ほ、ほんと…?ほんとにごめんね』

『で?結局どうなったの?生徒会の話!』

『あ!えー…と』


かくかくしかじか。私は跡部とのやりとりを事細かに説明した。すると…



『あんた昔から、頼まれると断れないタイプだもんねー。』


と理解してくれた。



『で、報道委員もつづける…と。』

『う、うん。無謀なのは分かってるけど…』

『そりゃあ日吉がいるもんね!やめられないでしょう。…あ!そういえば、唯厨。日吉のメアド、聞いたんだよね?メールした?』

『え!?あ!忘れてた!なんか今日はごたごたしてたからなぁ…』


でも、「土曜日の場所が決まったら連絡ください」って言ってたな。

まだ調べてもないし決めてないし、メールすべきなのかな?

と際ちゃんに相談すると、



『あんたねぇ…用がなくても、とりあえずメールすんの!』

『でも…』

『少しでも、きっかけが欲しいんでしょ?』


だったら、今日もとりあえず連絡して、土曜の事が決まったらまた連絡すればいいじゃない。その方が、2倍連絡とれるのよ?

と際ちゃん。


それは、そうだけど…


『なんて連絡すればいいかなぁ…』

『そうだね。まずは名乗って…今日のお礼でも言えば?助けてもらったんでしょ』

『そっか!ありがとう。じゃあ、さっそく連絡してみる。』

『うん!がんばれ!また明日報告してね!』

『うん。ありがとう、あと今日はごめんね。おやすみ〜』











際ちゃんとの通話を切るや否や、私はさっきハンガーにかけた制服のブレザーのポケットを探り、日吉くんがくれたメモを取り出した。

それを見ると、そのメモを書いて渡してくれた時の日吉くんの姿が思い出される。

ベッドに寝転がり、改めてその文字を眺めた。

サラサラという描写がぴったりのその字は、筆圧が高くもなく低くもなく、紙の上を流れるように書かれている


「綺麗な、字だな…」



携帯やパソコンがメインのいまでは、誰かの手書きで書かれたものを手にするなんてことはほとんどなくなったように思う。

私は携帯の電話帳を開き、新規登録画面を表示する。

いまどきメアド交換なんて赤外線やバーコードがほとんどだから、すごく新鮮だ。

紙に書かれたアルファベットの一文字一文字を確認しながら、アドレス欄に入力していった。

手打ちでアドレスを登録する事が滅多にないからか、はたまたそれが日吉くんのメアドだからかは分からないけど、

一文字押すごとに、胸が高まるのが分かる。だからなのか、左手でギュッと握ったその紙はだんだん日吉くんそのものに思えてきた。

アナログで、マイペースで。一歩ずつ、着実に前に進む。

ボタンひとつで消えるデータなんかじゃなくって、ずっと手元に残るような、紙いっぱいに想いが綴られた手紙のような関係を日吉くんと作れたらいいなぁ。



そんなことをぼんやりと思いながら、電話番号も打ち、登録が完了した。

画面上で改めて見る、“日吉くん”の文字。

手打ちで登録したアドレスは、登録した名前が浮かび上がってもどこか歯が浮いたような感じがする。

本当に相手に届くのだろうか。まだ一度も連絡を取り合っていない相手の連絡先は信用度が0%だ。


私と日吉くんの信頼度は今どのくらいかな…?


数値化できるわけもなければ、その数字を知りたくもないのだけれど、なんとなく考えてしまう。

手紙のような恋がしたい、なんて思っては見たけど、ココは文明の利器に背中を押してもらうしかないデジタルな私。

ああ、何て送ろうかな…。新規作成の本文画面をじっと見つめながら、一つずつ文字を埋めていった。












たった1文書くだけなのに、すっごい労力!なんかスゴイ疲れた。

チラっと右上の時計を見ると、打ち始めてから30分くらいたっている。たったこれだけにこんなに時間がかかるなんて!


あれこれ考えて、結局、自分の名前と今日助けてもらったお礼を簡単に打って、送信した。

送信したあと、なんだか自分の携帯を持ってるのが気持ち悪くなって、ボスッと布団の上に投げた。

どどど、どうしよう…!送っちゃった!!

日吉くんって、返信早いのかなぁ。そもそも、あまり内容のないメールに返信するのかな…。律儀だし、一応私が先輩だし、なんだかそこらへんはきっちりしていそうだけど…。

私はふと、今が何時なのか気になって時計を見上げた。8時だ。家に帰って際の着信に気付いてから、1時間が経っていた。

日吉くんは、何時まで部活をやるんだろう。一応最終終了時刻は7時だけど、テニス部は夜遅くまで自主練してる人もいるって聞くし…。




そのあと、しばらく部屋でそわそわしていたけど、あまりにも返事が来るのが怖くて、でも逆に来ないのも嫌で、携帯を置き去りにして1階のリビングに行った。

リビングに行くと、お母さんがちょうど夕飯の準備をしていたので、気を紛らすために手伝うことにした。普段積極的にお手伝いなんてしないから、お母さんに、どうしたのと聞かれたけど、なんでもないとだけ答えて黙々と作業した。

そのまま夕飯を食べ、テレビを見て、お風呂に入って、何となく心にもやもやしたものを抱えながら、2階の自室に行かないようにしていた。

11時くらになって、そろそろ明日の準備や寝る準備をしなくちゃと、重い足取りで部屋に戻る。

返事…いつくるかな…。ていうか、急にメールがきて、しかも今度の予定のことは何も書かれてなくて、お礼だけって…か、返しづらかったかな!?

結局、もやもやした気持ちを最後まで拭い去ることはできなくて、恐る恐る自分の部屋に戻って、携帯を手に取った。










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