short stories
□081:印鑑
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美術で印鑑を作ることになった。
彫るのは文字(なるべく漢字)なら何でも良いと言われた。
「将来のために自分の名字でも良いぞぉ〜〜」
そんな中学生が彫った印鑑が契約書なんかにおされたまるか。
だがほかに彫りたいものも特に見つからず、○や□の描かれたデザイン用紙の名前の欄に“日吉若”とだけ書いてその日の授業は終った。
美術室からの帰りは必ず廊下で泌香に会う。
泌香のクラスが俺のクラスの次に美術室を使うからだ。
だから泌香は必ず今日は何をやったかと聞いてくる。
「日吉!今日から新しく何するの!!?」
泌香は主要5教科は苦手だが、美術とか音楽とかは割と好きみたいだ。
まぁ泌香らしいと言えば泌香らしいが…
「印鑑を作るらしい」
「え!印鑑!?イイネ!自分でデザインするの?」
「ああ」
「日吉なに彫るか決めた?決まった?」
「いや、まだだ」
「そ!教えてくれてありがと!またあとでねー!!」
そう言って泌香は、少し先で待っている友達の元へと走っていった。
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次の美術の時間、デザイン用紙を配られた時に教科担任から、
「日吉、おまえはやっぱりこれが1番だな。先生は良いと思うぞ」
とデザインのコメントのような事を言われたので、何を寝ぼけているんだと思って自分の用紙を見てみると、
○や□の印鑑の形のサンプルが、キレイにデザイン化された
“下克上”
という文字でうめつくされていた。
誰がこんな事をしたのか予想がついたので少し鼻で笑ってやった。
丸文字や明朝体でアレンジされたデザインの中で、行書のように描かれた古風なのを選んだ。
これが一番俺らしくて、文字に合っていると思った。
ふと顔を上げて教室を見回すと、すでに本体の形作りに取り掛かっているやつもいた。
特に急ぐ必要もないが、デザインが終って暇なので、俺もその作業に取り掛かる事にした。
その日の美術室の帰り道、やっぱりいつも通り泌香に会った。
「日吉、デザイン決まった?」
と泌香がにこにこしながら聞いてきた。
「ああ、今日は次の段階の途中までいった」
「わ!早いね!」
「泌香はデザイン終ったのか?」
「うーん、紙には描いてないけどね」
「じゃあ、今日描くのか?」
「ううん。紙にっ…あ!予鈴!!行かなきゃ!」
そう言って泌香は走り出した。
走りざまに泌香は振り返って言った。
「あのねー、紙にはかかないのー!デザイン、ココに入ってるからー!!」
と自分の頭を指さしていた。
「呆れたもんだ」
俺もくるりと向きを変えて、足早に教室へ戻った。
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数日経って、美術の作品もそろそろ大詰めに入ったころ、
「日吉!」
廊下であった鳳に呼び止められ、突然こんな事を言われた。
「“日吉くんの作品、いっつもうちのクラスの所に入ってる”ってうちのクラスの美術係がおこってたよ?」
「はぁ?」
「日吉いつも入れまちがえてるんじゃない?今度から気をつけなよ!」
「ああ、悪かったと伝えてくれ」
俺がそう言うと、鳳は“了解”と自分のクラスの方へ歩いていった。
その日の昼休み、あいにくの雨で屋上へは行けないため、泌香が俺のクラスに来て弁当を食っていると
「泌香」
と俺のクラスのヤツが泌香に話し掛けた。
「ん?何でしょう??」
「おまえの美術の作品、いっつも俺らんとこ入ってるぜ?今度から入れまちがえんなよ!」
「え、マジ?ごめんごめん。今度から気をつける!」
泌香が箸を持った手でピッと敬礼すると、“わかればよろしい”とソイツも敬礼を返した。
ハッキリ言って変な話だ。
泌香はともかく、俺がいつも入れまちがえているなんてまずありえない。
誰かが動かしてるんじゃないのか?
しかもなぜアレが俺のだとすぐ分かるんだ…(そんなに有名なのか)
俺が箸を止めて考え込んでいると、泌香が突然俺の顔をのぞき込んできた。
「なっ…なんだ?」
「んもう、日吉聞いてなかったの!?」
「悪い」
「作品できあがったら、見せっこしよーね!って言ったの」
「あ、ああ。そうだな」
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