short stories

□097:走る
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ここ一ヶ月くらい、私は毎日あることをしている。



「っ!しつこいよ、精市!!」

「だったら唯厨が観念したらどう?」



「絶っ対、イヤ!」



そう。学校にいる間中は一瞬たりとも気を抜けない。

私はこうして毎日、精市から逃げ回っている。




「だって私、もう1カ月も断わり続けてるんだよ!そろそろ諦めようよ!」

「大丈夫だよ。ウチの夏は長いから。君と違って。」




それは3年の始め。

私が所属する部は成績低迷と予算の関係で、いきなり廃部が決まっていた。

部員ももはや私たちの代しかいなかったから当然だとは思うけど、

でもせめて最後の1年くらいやらせてくれてもいいじゃないかと思う。

私はもともと積極的に活動していたわけじゃないんだけど、

居場所がなくなるのはちょっとさみしくなるな、なんて思っていると、



その事実をどういう経緯で知ったのか、廃部の翌日、精市がこう言った。



「かわいそうに。君の夏は来る前に終わってしまった。でも大丈夫。テニス部の夏はとてつもなく長いから。さあ、君をうちのマネージャーにしてあげよう。」



有無を言わせない入団の申請(強要)をされたが、私はきっぱりと断った。

長いって言ってもせいぜいあと5カ月でしょ?なんで私が。



「これまでいたマネージャーはみんななぜか辞めてしまってね。困ってるんだよ」



なぜか…だって!?なんて白々しい!!

知ってるよ。仁王から聞いたもん。

精市がその子たちを気に入らなくって圧力掛けたって!

…いや、魔力か――――







という経緯で今に至る。

私だって入部したら散々こき使われて、最後は雑巾のように捨てられるんだ。

しかも私の場合、一度入ったら途中で「辞める」という選択肢すらも与えられないと思う。




「この一カ月で無駄に筋力が付いたことだけは感謝するわ!体育の成績伸びそう!」

「それはよかった。うちのマネージャーにも体力は必要だからね。丁度いいよ。」




精市の足なら簡単に追いつくのに、わざと追いつけない速度で走ってるのが、余計腹立つ!

そしてどこまでも自分勝手なところは昔から変わらない。

精市の我がままに何度振り回されたことか!今回だけは絶対に言うことは聞かない!



「精市!いつまでもなんでも自分の思い通りになるなんて思わない方がいいよ!」

「かわいそうに。夢をかなえることだけじゃなく、夢を見ることすら忘れてしまったんだね。」

「カチーン!」




逃げる私をみて、「廊下を走るな!」という先生も、後に続く精市を見て言葉を噤む。

だから先生に注意してもらおうとか、処罰を与えてもらおうとかそんなことは考えない。

ただひたすら、自分で何とかするしかない。

ていうか、立海のギャラリーも当初からおかしい!

みんな「幸村が新しい玩具を見つけたらしい」くらいにしか思っていない。

この『リアル鬼ごっこ』もすでに日常茶飯事になってしまっている!





私は図書館に逃げ込んだ。

図書館ではさすがに走れないし、大きな声は出せない。

立海の図書館は広いから、上手く隠れればとりあえず逃げ切ることが出来るから。






「おや。泌香か?」

「柳!」

「また精市か。」

「そう!どうしよう!どこかに隠れなきゃ。」

「…少し、協力しよう。こちらへ来い。」




そう言って柳は自分が座っていた机の下に私を押しこんで、

何事も無かったかのように椅子に座り直した。



「我慢してろ」



柳がそう言った数秒後に精市が現れた。




「やあ柳。」

「精市か。」

「人を探してるんだけど、知らない?」

「泌香唯厨・・・だな。お前もよくやるな。」

「そう思ってるなら柳にも協力して欲しいな。」

「しないことはない。俺に出来ることはしよう。」

「ほんと?頼むよ。」

「ただ、お前がそこまで泌香唯厨にこだわる理由が知りたい。正直言って、この時期からのマネージャーはもはや不必要だからな。」

「なーんだ。そこまで分かってるんなら、話は早いね。」




おいおいおい。マネージャーはいらないってどういうこと!?

精市は、私をマネージャーにしたいんじゃなかったの!!?

マネージャーにして、こき使って、ひいひい悲鳴あげてる私を見たいんじゃないの?

この鬼ごっこだって、言ってみればその余興でしょ?




「唯厨に、試合を見て欲しいんだ。」

「試合を?」

「ああ。」

「幼馴染なのだから、これまでも幾度か見てきたことだろう。」

「それが一度もないんだ。一度も。」

「どうしてだ。」

「唯厨はテニスが嫌いなんだ。唯厨にとって、テニスは唯厨から俺を奪った敵だからね。」

「なるほどな。」

「でも今年は俺たちにとっては特別な年だろう。だから唯厨に来てもらわないと。」

「泌香がいないとだめなのか?」

「そりゃあ何もなくったって俺は全力で戦うけど。でも好きな子がそばにいてくれたら、もっと頑張れるだろ。」

「だ、そうだぞ。泌香。」





へ?

柳は椅子をずらして立ち上がると、ぐいっと私の手を引っ張った。





「なっ!ちょっと柳!協力してくれるっていったじゃん!!」

「俺は『協力する』とは言ったが、『お前にする』とは言ってない。もちろん、精市にだ。」

「!!!」






「へえ。こんなところに隠れてたんだ。その上盗み聞きなんて、いい度胸だね」

「いや、ちが、これはその」

「よかったな泌香。精市の素直な気持ちが聴けて。」

「で、でも!だったら試合を見に行けばいいんでしょ。マネージャーになる必要はないじゃん!」





「ふふ。」

「ふっ。」

「な、何、2人とも。」

「よかったよ。唯厨が自分から試合を見に行く、だなんて。夢みたいだ!」






!・・・しまった!





その後私はダッシュして逃げようとするも、精市・柳両者に腕を掴まれ、

宇宙人捕獲みたいな状態になってしまった。














◇おまけ




「いや、あれは言葉のあやというか、つい」

「でもやっぱりマネージャーにもなってもらうよ。」

「なんで!?」

「そりゃあ唯厨が馬鹿で無知でテニスのこと何にも知らないからだよ。」

「その様子じゃ俺たちの強さだってよくわかってないだろう?特に精市のな。」



まあ、2人の恐ろしさは身にしみてわかっているつもりなのですが、ねぇ。








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