short stories

□こっちを向いてくれ
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図書館で本の整列をしていると、突然声をかけられた。



「泌香?」



屈んでいた私は本を数冊抱えながら声の方を振り返ると、そこには年間読書量600冊の本の達人がいた。



「マスター!」


「…何だその呼び方は」


「あ、ごめん。つい心の声が」



鼻でため息をついて呆れている柳くんだけど、口元にはうっすらと笑みが。





好きだなぁ。この笑い方。





柳くんとは違うクラスだから、普段はあまり絡みがない。


でも図書館頻出の彼と図書委員の私は、ここでならよく話をする。


もちろん周りの迷惑にならない小さな声で、会話も少しだけだけど。


でもそれが私にとって、すごく貴重な時間なのだ。


小声で話すから、きちんとしたことを話すときはお互いに顔を近づけることになる。


そうすると、私の好きな柳くんの声がよく聞こえるのだ。


この柔らかなの重低音の声が、小声だと少しだけ優しく聞こえることとか、


たぶん、私ぐらいしか知らないんだろうなぁ。




「本の整理か」


「そう。半年に一度のね。と言っても一日じゃ終わるわけないから、何日かに分けてやるんだけど。」


「手伝うか?」


「ありがと、でも大丈夫。一応、図書委員の仕事だからね。」




笑顔でそう答えて、くるっとまた本棚に向き直り、作業を続けた。


いまやっているのは、リストと照らし合わせながら本の順番を確かめる作業だ。


ときどきとんでもない順番になってるから困るんだよね!






あ、コレこの段の本じゃない。一番、上?


あー…一番上から取ったけど、借りなくて、戻せなかったから一番下に入れたのか。


気持ちは分からなくないけど、こういうのはカウンターに持って行ってほしいなー。


ため息をつきながら立ち上がり、その本を上の本棚に戻そうとする。


う…やっぱりちょっと無理があるか。


女子の中でもそんなに小さい方じゃないんだけど、さすがに本を戻すとなると、ちょっと足りない。


しゃあない、脚立持ってくるか、と伸ばした腕をひっこめようとしたとき、




「あ…」




横からスッと伸びた長い指が私の手から本を取り上げて、本棚にストンと置いた。




その人の影が、私を暗く覆う。




こんなことしてくれる人、あの人しかいない。





「こういう時の、俺、ではないのか?」


「や、柳くん」





ななめ上を振り返ると、そこには満足げなにっこりとした顔が。


微笑むと柳くんはゆっくりと本棚から手を離し、すこし後ろに下がってくれた。





「ありがとう。びっくりした。行っちゃったかと思ってたから」


「ちょっと気になることがあってな。戻ってきた。」





気になること?




「泌香、少し協力してくれないか。」


「私にできることなら、別にいいけど…」


「ありがとう。では、後ろを向いて、少し勢いをつけてこっちを向いてくれないか?」


「『くるっ』と向くってこと?」


「ああ、それでいい。」






なんだろう…と不思議に思ったけど、別に大したことじゃなかったので言われたとおりにしてみる。





「いい?いくよ」





くるっ





ちょっと演技じみてたかなって思うと、恥ずかしくて目のやり場に困り、


さらに柳くんが、真正面からじっと私の方を見ていたので余計に恥ずかしくなった。


しかも真顔で。




「な、何?もう振り返ったよ?」


「……すまないが、もう一度やって見せてくれないか?」




え…何だって?


さすがに二回目ともなると不審になる。


この人は、図書館の一角で、私に何をやらせようというのだ。


黙って私が眉をひそめていると、私が不信感を抱いたことを察したのか、




「すまない…どうしても気になるんだ。あと一度だけでいい」




と言ってきた。


すまない、と2回も言わせてしまった。そこまで言わせてやらないのも鬼だなと思い、




「いいけど…」




と再び本棚の方に向きなおる。


唯一の救いは、このスペースがあまり人が来ない図書のコーナーだったことだね。





「いくよ?」


「ああ」





くるっ






さっきよりは自然にできたかも?なんて満更でもないことを思っていると、


目の前の柳くんは、今度はまた満足げな笑顔を浮かべていた。


何?さっきと何か違うの?





「やはりな」


「何が…




柳くんは、私の返答を遮るように屈んで顔を近づけてきた。


その長い指先が私の髪の一束をすくいあげる。そしてそのまま柳くんの鼻先へ。


すぅっと匂いを嗅ぐと、その束を下ろしてほかの髪とともに私の耳にかけた。


そして私の耳元でささやく。

















「お前のシャンプーは、毛先15cmがぷるんっていうアレだな」
















柳くんが顔が近かったこと、声がいつも以上に甘かったこと、


シャンプーを当てられたこと、そしてなにより柳くんからあのかわいいセリフが出てきたことに驚いて、






私はしばらく、動くこともしゃべることもできなくなってしまった。







そんな私を見て、柳くんはくつくつと笑っていた。





→おまけ_
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