short stories
□青春ってやつ
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一週間行われた合宿の最終日。
私たちは慰安と称して跡部部長の別荘からさほど遠くない温泉地へと来ていた。
一週間の疲れを温泉と素敵なお料理で癒そうというのだ。
「ふうぅ〜さっぱりした♪」
仲居さんの説明によれば、女子のお風呂の方が数も豊富で美肌の湯の効果も抜群なんだって!
確かに!備え付けの石鹸で洗っただけなのに、顔も体もすべすべになった!心までもつるっつるな気分でお風呂から上がった私は、寝るのにはまだ早いと思い、用意された自分の寝室ではなくみんなが集まっている大広間にへ行った。
「跡部先輩ーお風呂最っ高でした!」
「気に入ったみたいだな。随分長湯だったじゃねぇか」
「はい!もったいなくてつい!お肌もつるっつるになりましたし、最高です!」
「そうか。ま、こっちは今、最高に面白いもんが見れてるけどな」
「面白いもの??」
私は跡部さんが指差した先を見て唖然とした。
空き散らかした缶やお菓子、ゲームをしていたであろうトランプやサイコロが机の上にごちゃごちゃになっている。
みんな浴衣がはだけて肌は露出してるし、寝転がったり踊ったりしてる…何よりこの熱気…
すごい強烈な匂いがするし、それもいろんな匂いが混ざっていて何の匂いかわからないし、空気も悪い。
「あ〜唯厨ちゃんら〜!」
「え、ちょ、慈郎先輩!?うわっ」
「ハハハハハ!何やってんだよ慈郎!!」
いきなり慈郎先輩に真横から抱き着かれて、私は畳の上にぶっ倒れた。
そのまま私の体をしっかりと抱いて離そうとしない。いや、抱き着かれるのはいつものことなんだけど、こんなに執拗にするなんてことないのに…
しかもこんな時間なのにすっごい元気…ていうか陽気だな!?どうしたんだろ!?
向日先輩もすごいテンション高いし…
「もう、慈郎あかんやん。お嬢ちゃん怪我するやろ?」
そう言って私から慈郎先輩をひっぺ替えして私を起こしてくれるのは忍足先輩。
「す、すみません。忍足せんぱ…」
「自分。湯上りで肌つるつるやんか。」
そう言って忍足先輩は私の顔にどんどん近づいてくる。
え…この匂いって…お酒!!?
「お嬢ちゃんええ匂いや〜」
そう言ってにっこり笑ったかと思うと、忍足先輩は私を腕の中でぎゅうっと抱きしめ始めた。
うわ!すっごいお酒臭い!!!
「ちょっと!跡部先輩、なんでお酒なんか…!?」
「まあ、最終日だしな。ちょっとした無礼講だ。お前もどうだ?」
どうだ、と肌蹴た浴衣姿で、膝を立てて、お猪口を差し出す姿はまるで時代劇の悪代官そのもの…
っていうか、あなたが飲んでいるのは日本酒ですか!!?
「い、いいい、いりません!!!」
「なんだつまんねーな」
「それより!っちょ、忍足先輩!離してくださいー!!」
「あかん。お嬢ちゃん湯上りやしやし、かわいいねんもんー。抑えきかんー!」
「ハッハッハッハッハ」
「侑士きめーよ!!」
私が抵抗して腕で押しても、忍足先輩はびくともしない。
離れるどころか先輩の顔はどんどんと近づいてくる。
ちょっと、跡部先輩も笑ってないで止めてくださいよ!
やばい!このままだとキスされてしまう…キ、キスだけは…!!
『ここであったが百年目!成敗してくれるわ!!忍足侑士、覚悟ー!!』
「はうぁ!」
「きゃあ!」
こちらも時代劇のような変な雄叫びが聞こえたかと思うと、忍足先輩は得も言われぬ悲痛の声を上げてその場に撃沈した。
両手は股間のあたりを押さえてうずくまっている。どうやら、後ろから急所をやられたらしい…
私は驚きのあまり目をつむって一歩後ろに引いてしまった。その始終を見てまたギャラリーが騒ぎ出す。
「いいぞー日吉ー!!侑士なんか潰しちまえぇー!」
「ぴよしかっくE――!!」
「ハッハッハ!やるじゃねぇか日吉!」
「若!もう一発逝ってやれー!」
日吉くん…?今の雄叫びと一撃が日吉くん???
恐る恐る目を開けると、目の前に古武術のようなファイティングポーズをとった日吉くんの姿が…。
ほ、ほんとに日吉くん!!?このお茶らけた人が!?
ま、まさか日吉くんも…
「泌香、大丈夫か?」
くるっと私の方を向いて真剣なまなざしで話しかけてくる日吉くん。
よかったいつもの感じ…
「よかった、日吉く…」
『泌香!お前は俺が護ってやるからな。俺はお前の王子様だ!』
いつもの感……!?ち、ちがうな?
真顔でこんなこと言ってくるの、日吉くんじゃない!!!
「キャハハハハ!日吉最高!面白すぎ!!!」
「俺でも言われへんわ、あないなクサい台詞…」
「激ダサ…いや、激クサじゃねえか!」
「ちょっと日吉くんにまでお酒飲ませたんですか!!?」
「ハハハ!こいつがさっきからイっちばんおもしれぇんだって!」
「最高だぜ!なぁ樺地!!」
「ウス!!!」
か、樺地くんのウスもいつもの何倍もテンション高め…これはみんなやられたわね…
「ちょ、長太郎は?」
「アイツはダメだ!マジで酒のめねーんだぜ!一瞬でお陀仏しちまったからずっと寝室で寝てるぜ!」
どうやら2年にも飲ませたのは向日先輩と宍戸先輩みたい…向日先輩は悪ふざけとしても…宍戸先輩は可愛さあまって…か?
どうしたものかと思考をめぐらしていると、目の前にいた日吉くんが急にもたれかかってきた。
「うわぁっ」
「う…」
「日吉くん?!」
「泌香……眠い…気持ち悪い…」
「え!?ちょっと、大丈夫!?」
これは日吉くんもダウンかな…
仕方ないな。寝室まで運んであげるか。
このまま大広間にいたら確実に飲まされ続けるだろうし、ここで寝ると風邪ひきそうだし…
「しょうがないな…私、日吉くん寝かせてきます…」
「ひゅーひゅー!うらやましいぞ日吉!」
「唯厨!日吉に変なことするんじゃねぇぞ!」
「し、しませんよっ!!!」
まったく…酔っ払いと一緒にしないでよね!ていうか結局素面なのは私だけなのか…!
明日は帰るだけとはいえ、出発は早いのに…。日吉くん寝かせたら戻って大広間の片付けしないとな。こんないい旅館に迷惑はかけられないし…
私は日吉くんの腕を肩にくぐらせて半ば引きずるように寝室へと運んだ。
日吉くんの部屋までは階段はないけれど、結構廊下が入り組んでいる。
人の世話になるのが嫌いな日吉くんは、普段ならちょっとのけがも自分で手当てしたりして私になかなか仕事をさせてくれない。
そんな彼が、今はぐったりして私に支えられてやっとのことで歩いている。変な光景だな。
さっきから黙っておとなしくついてきてるけど、この状況わかってるのかな?
「もう!みんな未成年なのに!」
「悪いな、泌香」
「悪いと思ってるなら自力で歩いてよね!」
「…悪い…それも無理だ…」
私よりも背の高い日吉くんを抱えるのは結構重労働で、しかも所どころよろけたりするもんだから、日吉くんの部屋までかなり時間がかかってしまった。
「着いたよ、日吉くん」
「…」
「うそ、完璧に寝てる…」
歩きながら、いつのまにか寝てしまったみたいだ。よほど眠かったのだろう。
仕方ないからふすまを開けて、いったん日吉くんを座らせて壁に寄せる。
幸いお布団は仲居さんが敷いてくれたみたいだ。4人部屋で相部屋だ誰だったっけ?
どこでもいいから、とにかく空いている布団の掛布団をいったん剥いで、コップに水を用意して再び日吉くんの元へ。
ちゃんと壁に肩を預けて座らせておいたのに、いつの間にか日吉くんは床で打つむせになって寝てしまっている。
えー…まさか同期のこんな姿を目にすることになるとは…
「日吉くん!ちょっとだけ起きて!お布団で寝よう!」
「…ん…」
「うん。そう起きて。ここ入口だから!みんなに踏まれちゃうよ」
「踏まれてもいい…」
「何言ってるの!いくないよ!ホラ!」
私はぶつぶつ言ってるヘタレ日吉くんの腕を上げ、体を起こすと、正面から抱え込むようにして支えた。
日吉くんはぐったりしたまま私の肩に顔を預けて「う〜」とか唸ってる。
先ほどの布団に座らせて、用意した水を飲ませようとしてもいらないと首を横に振る日吉くん。
飲んだら酔いが少しましになるからと説明するとおとなしく飲んでくれた。
そのまま寝かせようと思ったけど、日吉くんの両腕は私の背中にしっかりと回されてなかなかとれない。
私は日吉くんが頭を打たないように、背中を抱きかかえながらゆっくりと布団の方に倒した。
体制的には私が日吉くんの上にまたがり、抱きかかえながら共に上半身を布団に横たえているためかなりきわどい。
でもなんとか日吉くんの頭を枕に乗せ、寝かせることができた。
「よし。」
「…」
「じゃあ、私行くね。」
といって日吉くんの腕から抜けようとしたとき、その両腕にぐっと抱き寄せられて私はバランスを崩して倒れこんだ。もちろん日吉くんの上に。
「ご、ごめん!大丈夫?」
「…」
「日吉くん…?」
呼んでも日吉くんはすうすうと寝息を立てるだけ。え…このまま寝る気!?
わわわわ!この状況、かなりやばいんじゃない!?日吉くんは私を抱き枕か何かだと思ってるのかな?ていうかそもそも日吉くんって抱き枕とかで寝るのかなぁ…!
とあれこれ考えていると私の心拍数はどんどん上がっていく。早くここから抜け出さないと!
私は、抱きかえたまま一向に力を緩めようとしない日吉くんの体ごと反転させ、とりあえず横向きの体制になった。
って、これって余計に抱きかかえやすくしてる???
すぐに腕を解こうと日吉くんの腕に手をかけたとき、「ん…」と日吉くんが身をよじり、うっすらとその切れ長な目を少しだけ開けた。
よかった…これで抜けられる。と思ったのもつかの間…
日吉くんは私を抱えたままくるっとさらにもう反転した。目の前には日吉くんの顔と天井が…え…これって。
私が考える間もなく、日吉くんは自分の頬を私のとすり合わせてまたぎゅっと抱きしめた。
「日吉く…!」
「唯厨」
抱きしめられたかと思うと、いきなり名前を呼ばれて、私の背筋はぞくっと震えた。
初めて呼ばれた名前…その一言で私の体は魔法にかかったように動けなくなった。
日吉くんは一旦顔を離し私の眼をじっと見つめる。あ、される。そう思い避けようとした瞬間、
「唯厨」
「ん…ふ」
また名前を呼ばれて身体は抵抗を忘れ、私は日吉くんとキスをしてしまった。
お酒のにおいが鼻をかすめ、少し顔を横にずらしたが、そんな小さな抵抗もむなしく日吉くんの唇が私の唇を追ってくる。
確実に。それでいて、啄むように、優しく。
「唯厨、っ唯厨」
「だめ、だよ…日吉っくんっ…私、行かなくちゃ…」
「やだ」
「やだって…」
「唯厨っ」
何度も何度も名前を呼ばれれば、私の背筋から下半身はどくどくと波打つように敏感に反応する。
求めるようなキスを何度も落とされ、名を呼ばれ、いつしかその唇は私の首筋へと移っていた。
鎖骨のあたりを撫でていた指はそのままするりと下がり、私の乳房をとらえる。
優しく円を描くように愛撫され、すこしずつ浴衣の合わせは乱れていく。
「やぁ…んっ」
決して出すまいと思っていた甘声も、愛撫に耐え切れず漏れ出す。それでも私は必死になって声を抑えた。
どうしよう…!私は、私は日吉くんのことずっと好きだったけど…こんな、こんな形で…
「唯厨っ」
「ん…」
鎖骨にあった日吉くんの舌は、手を追うように下り、両手で寄せた谷間に埋められた。
もうだめ…体と欲望が……冷静な判断を妨げて、抵抗できない…!
そうあきらめかけて力を抜いたとき、
「…」
「…え?」
「…zzz」
「日吉…くん?」
日吉くんの動きはぴたりと止まり、私の肌の上でまたすうすうと寝息を立て始めた。
私の体全体に脱力感が行きわたる。な…なんだったの…今の!
「…馬鹿///」
そうつぶやいて、さっと日吉くんの下から抜け出すと、急いで部屋を出た。
そのまま自分の寝室へと飛び込んで、敷かれた布団にもぐりこんだ。
―――お酒のせい、お酒のせい。
そう自分と日吉くんのために言い聞かせながら、鳴り止まぬ鼓動を抑えるように自分の浴衣をギュッと握った。
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