short stories

□おかあさんといっしょ
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その日、私は夕飯の買い物のため、家の近くの大手スーパーに来ていた。

パスタコーナーで値段を見比べていると、なにやらすぐ裏のお菓子コーナーから聞き覚えのある声がした。

あま〜いお菓子コーナーにはふさわしくないその声に、私は暗算で100グラム当たりの値段を割り出していた頭をその会話に向けざるを得なくなった。




「おやつはいいの?」


「母さん。俺はもう15ですよ?それに甘いものはあまり好きではない」


「あらあら可愛げがないわね」


「なんとでも言ってください」





会話から聞こえてきた声のトーンと口ぶりからは、到底「15歳」とは思えない。ここら辺でこんな15歳、私は一人しか知らない。





「あ」


「む。泌香か?」





思った通り、声の主はやっぱり真田だった。見つかってしまった。

いや、別に隠れようとか逃げようと思っていたわけではないけど、なんとなく見てはいけないのかなと思っていたので、そのまま気が付かないフリして買い物を続けようかと思っていた。

だってこういうところを友人に見られるのって、男の子は嫌がるんじゃない?特に中高生はさ。思春期ってやつだよね。

真田は学校帰りなのか、制服姿にテニスバッグを肩にかけ、お母さんの代わりに買い物かごを下げていた。




「あら!こんにちは。この子よ、この間話した立海の子!」


「ああ。泌香のことでしたか。」


「こんにちは…」


「弦一郎の知っている子だったのね?」


「クラスメイトです」


「どうも、初めまして。弦一郎の母です。」


「は、初めまして…泌香唯厨です。」




わぁ…かわいいお母さん!こんなに華奢で可愛らしい人が真田のお母さんなの!?

信じられない…!どう育てて、何を食べたらここまで成長するんだろう(いろんな意味で)

私はいけないと思いつつ、目の前のにこにこ微笑んでいるお母さんと眉間にしわのよっている真田を何度も見比べてしまった。

この程度の皺は常備だから、ここで私に会ったことに困ったり怒ったりしているわけではないみたい。ちょっとだけほっとした。




「唯厨ちゃん…ね。いつも一人でお買いものして、えらいわ」


「え…あの、どうして…」


「時々制服で来ているでしょ?息子と同じ学校の子だわと思って覚えちゃったの」


「そうですか…」


「お遣いかしら?」


「いえ。うちは両親が共働きで夜勤も多くて、家事はほとんど私がしているので…」


「まあ!じゃあ、お料理も自分で?」


「は、はい。そんなに自慢できるものではないですが…」




すごいわねーと真田に感心を促す真田ママ。

私はふと自分の買い物かごにふと目を落とした。

うん。今日は色とりどりの野菜に鶏肉とお豆腐、果物…牛乳や卵などの日用品しか買ってない。

忙しい時は出来合い物やインスタントに逃げるときもあるんだけど。今日に限ってそういうものはなくてよかった。

だって私と同じように、真田が私の買い物かごに目を落としていたから。いかにも健康志向そうな真田に見られて恥ずかしいものは…ないはず…

…って、ただのクラスメイトの真田にどう思われようと関係ないっちゃないんだけどね。なんとなく…





「しっかりしているものだな」


「え?…ああ、ありがと」


「ほんとねー。うちはこの通りテニスばっかり」


「む…そればかりは何とも言い返せぬ」


「でも真田くんは…全国一位のテニス部で副部長だし…勉強もしっかりして、風紀委員長もしていて…すごいじゃないですか」


「ふふふ、ありがと。そんなに褒めていただいて、よかったわね弦ちゃん」


「そ、その呼び名はもうよしてくださいって!」



と真田はあわてて真っ赤になってしまった。

へえ…真田でも照れたりするんだ。しかもお母さんに「弦ちゃん」なんて呼ばれて。

教室にいる真田からは考えられないな。ちょっといいもの見れたかも。




「あら!いけない!今日は絹じゃなくて木綿のお豆腐を買うんだったわ」


そういって、真田ママは真田の方をちらっと見上げた。


「弦一郎、ちょっと取り替えてきてくれない?」


「まったく…たるんでますよ」



そういって真田くんは買い物かごをもって行ってしまった。

母親にも「たるんどる」なのかぁ…。



真田が行ってしまった後、真田のお母さんと二人きりになった。

私はこれと言って話すこともないのだが、なんとなく真田が返ってくるまでは離れるのも変な気がした。

だって真田に行かせたってことはお母さんはまだ話すことがあるってことで…

そう思っていると、案の定お母さんは話しかけてきた。さっきより少しだけ小声で。



「うちの子、変わってるでしょう?」


「え?」


「クラスの子とあまり馴染もうとしないし、風紀委員で怒ってばかりいるみたいだからみんなに怖がられてるみたいね」


「そ、そんなことは…」



確かにお弁当はクラスで食べていないし、クラスの子と和気あいあいと話したりしてるのをあまり見たことはないけど…

でも浮いているとかそういうのとは違う気がするし…



「私は、真田くんを怖いと思ったことはありません。それに…」


「?」


「怒る方も大変だと思います。真田くんが悪いんじゃなくてみんなが校則を守らないのがいけないんだし…真田くんは、真面目だと思います。」



ここまで一気に言ってしまうと、目の前のお母さんはきょとんとして私を見ていた。

しまった!よそのうちの息子のことを母親に向かってとやかく言うなんて…!



「くすっ」



私があたふたしていると、それに気付いたのかお母さんはくすくすと笑い始めた。その笑顔はとっても優しくて暖かかった。

それを見て、なんとなくだけど、真田がああいうまっすぐな性格に育った理由がわかった気がした。



「ありがとう。唯厨ちゃんみたいな優しい子が同じクラスならとっても安心だわ」


「いえ…そんな」


「これからも弦一郎のこと、よろしくね」




そういって真田のお母さんは満足そうに微笑んだ。

ほどなくして真田が戻ってきた。




「これでいいですか?」


「ええ。ありがとう、弦一郎。」


「何を話していたんですか?」


「うふふ。あなたの悪口♪」


「!?」


「ふふ。じゃあ唯厨ちゃん、またお話ししましょうね」


「え、あの、はい…さようなら」


「ちょっと、母さん!ま、また明日な。泌香」


「うん。また明日…」




なんか変な感じ。

学校でもほとんど話したことがなくって、「また明日」なんて声をかけられたことなんて一度もなかったのに…

今日の、たったこれだけのことなのに、私の真田への印象は大きく変わっていた。

学校ではとにかく凄い人という感じで、みんなから一線を隔す存在だと思っていた。彼の功績を見れば事実そうなのかもしれない。

でも、プライベートでももっとぶっきらぼうで、お母さんの買い物に付いてくるなんてことはないと思っていた。ましてや母親にいびられるところを誰が想像しただろうか。

あの『皇帝』と呼ばれる彼が、豆腐を取り替える姿なんてありえないと思っていた。

私はくすぐったいような、うれしいような気持ちで残りの買い物を済ませてスーパーを出た。

これまであんまり話したことはなかったけど、これを機に、少しだけ話せるようになるかもしれない…。



そう思うと、明日、学校へ行くのとても楽しみになった。




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