short stories
□れぎゅらーといっしょ(続)
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そんなわけで、私は今、真田・柳生くん・切原くんとともに屋上へ向かうべく、廊下を歩いています。
軽くスキップしながら軽快に歩く切原くん、それを微笑ましそうに見守りつつ注意をしながら歩く柳生くん。
そしてその後ろを私と真田が並んで歩く。
私は承諾したものの、部活見学の約束程には積極的になれず、「どうしよう」という気持ちを抑えられずにいた。
断ろうと思えば、今からでも間に合うのではないか。そんなことも考えながら、少しうつむき加減に歩く。
だから、そんな私を見下ろしながら、横で眉間のしわ数を増やしている真田には気付きもしなかった。
「その…」
気付いたのは、ずっと黙っていた真田が口火を切って話しかけてきたので、真田を見上げた時だった。
「いろいろとすまない…赤也が唐突なことばかりを言ってからに…」
「あ、そのことならいいの!それよりも…本当に私が行っても大丈夫?」
「心配はいらん。皆で飯を食うのは特に意味があるわけではないのだ。日によっては個々の友人を食べるやつもいる。」
「そう。でも…」
テニス部レギュラーに誰がいたかは把握していたけど、関わりがなかったから彼らがどんな人か知らないし…
「泌香なら…その…皆少々個性は強いが俺よりも話し甲斐のあるやつばかりだ。だからお前ならば、問題ない」
それは…褒めてくれてるの…かな?
「ありがとう…でも私は真田と話すの楽しいよ」
「そ、そうか……泌香は…優しいのだな」
真田から、直球でそんなことを言われてどう反応していいやらわからず、軽く苦笑しながら首を小刻みに横に振った。
私からしたら、後輩のために自分は悪くもないのにこうやって何度も謝ったり、お礼を言ったりする真田の方がよっぽど優しいのに。
でも真田本人はいたって普通で、なんてことないことだと思っているんだろうな。
優しさって、自分の知らないところで相手に受け止められて、改めてその効果を発揮するものなんだね。
「真田と話すのが楽しい」と言う私に対して「優しい」と感じてるってことは、少なくとも真田も私と話すことを苦には思ってないってことだよね。
それを聞いて安心した私は、屋上に着いた時には少しだけ緊張から解きほぐされていた。真田、あんたすごいわ。
「うぃーっす!」
「お!来たな、赤也!!」
「遅かったじゃねーか。」
切原くんが駆け足で飛び出したあと、柳生くん、私、真田の順に続いて屋上へでた。
「へへ。今日はゲスト連れてきたんスよ!」
「ほう…もしかして、おまいさんの手当てをしてくれたっちゅう、例の…」
「泌香唯厨…だな?」
「え!?何でわかったんすか、仁王先輩、柳先輩!」
「お前この1週間ずーっとその話ばっかしてたろぃ!分かりやすすぎだっつーの!」
丸井くん…だっけ。彼が切原くんの頭を小突いた。
私は真田の半歩ぐらいななめ後ろに立ち、屋上の隅でいびつな円を作って囲っている彼らの方へと一緒に歩いた。
すると、スッと立ち上がった一人がこちらに近づいてきた。
「やあ泌香さん。いらっしゃい」
手を差し伸べられて反射的に握手をした。
「こんにちわ。初めまして…泌香唯厨です」
「テニス部部長の幸村精市です。先日は赤也が世話になったみたいで。改めてお礼を言わせていただくよ。本当にありがとう」
私の手を握ったまま幸村くんはにっこりとほほ笑んだ。その顔が男子とは思えないほど美しくて、思わず凝視してしまった。
この天使のような人が部長で、真田が鬼の副部長…テニス部の内部事情って一体……
「君は、真田と柳生と同じクラス…?」
「うん、そうだよ」
「じゃあ真田も日ごろから世話になってるんだ!苦労をかけるね」
「幸村、なぜ俺だけなのだ!」
「えーっと…真田には私もお世話になりつつあるから、お互い様かな」
「へぇ、そうなんだ。真田がね…」
「幸村部長!あいさつもそこそこにして、早く飯食いましょうよ!!」
幸村くんとの会話は、すでに輪の中に入ってお弁当を広げている切原くんの催促によって中断された。
切原くんは周りの先輩から「遅れてきたお前が言うな!」「そもそもお前のことで泌香に来てもらったんだろ!」と散々突っ込まれてけど。
思ったよりもフランクな人たちで、安心した。
ちらっと真田を見上げると、私に気を遣ってか眉間にしわを寄せて、口をつぐんで、鼻でため息をついた。
私がにこっと笑顔を作ってみせると、いくばくか安堵したのか、眉間のしわは少し減り、座り始めた。
私もそのまま真田の横に座る。
こうして、テニス部レギュラーの人たちとのランチタイムがスタートした。
仰々しい自己紹介などは特になかったのでありがたかった。
切原くん以外は3年生だから、名前と顔はだいたい知っていたし、私のためだけにいちいち自己紹介をされてもリアクションに困ってしまう。
私はお弁当をつつきながら、改めてメンバーを見渡した。
私の左隣に真田、そして順に幸村くん、仁王くん、柳くん、
あ、桑原…桑原は目が合うと持っていた箸の先をチョイと上にあげて、小さく「よっ」と言った。
桑原とは去年同じクラスだったのだ。あれからレギュラーになってたんだ…!
まさかこんな形で一緒にお弁当を食べる日が来るとは思ってなかったよね、お互い。
口の端をきゅっと上げて、ふふっと笑うと、桑原も首を下げながらふっと鼻で笑った。
「なんだよ、ジャッカル知り合いか?」
と桑原に食いついてるのが丸井くんで、そして切原くんに柳生くんか。
一周したな、と思って再び自分のお弁当に向き直っていると、何やら視線を感じ、左ななめ上を向いてみる。
真田が私の方をじっと見おろしていた。お互いに座っているため、立った時のそれほど差はなかったが。足が長いのかな。
しかし、視線は私の顔ではなく手元に向けられている。そう、私のお弁当箱へと…
「どしたの?」
「いや…弁当も自分で作っているのかと思ってな」
「うん、そうだよー。今日は卵焼きがうまくいったからすごくハッピーなんだ!」
「ん?ああ、確かに見た目は綺麗だ。大したものだな」
「あ!味を信用してないでしょ?」
「そ、そういう意味で言ったのではない!」
「なんなら、食べてみる??」
「な…!」
私はくるりと箸を裏返して、卵焼きをつまむと真田のごはんの上に、ぽんっとそれを乗っけた。
「はい、どうぞ」
「む…すまない、いいのか?」
「あああー!いいなー真田副部長!泌香先輩の卵焼きもらっちゃって!!」
「なにぃ!!」
真田が、ごはんの上の卵焼きをつまもうとした瞬間、切原くんと丸井くんが声をあげた。
「俺も泌香先輩の卵焼き食べたいっス!」
「ずりぃぞ真田!泌香、俺にもくれ!」
切原くんはまだわかるが…丸井くんは何故…
「ごめんね、二人とも。卵焼きはもうないからまた今度ね…こっちのポテトサラダなら…」
「まじっすか!?っください!!」
「赤也、俺にも分けろよ!!」
「だーめっすよ!これは俺がもらったんすから!」
「泌香!他にも食わねーなら俺にくれ!」
「二人ともいい加減にしたらどうですか?泌香さんのお弁当がなくなってしまいます」
「それに丸井…お前はさっき卵ロールパンを食べていただろう。コレステロールの摂りすぎだ」
「ちぇっ」
「全く…おまえさんの食い気は底なしじゃのぉ…」
ちゅううーと紙パックのジュースをすすりながら仁王くんがつぶやいた。
なるほど…丸井くんは食べるのが好きなんだね。
「ごめんね…また今度味見して」
といさめると、柳生くんが「なんだかすみません…」と小声で言ってきた。
もちろん、別に嫌だったわけではなく、ただ自分のお弁当が食い尽くされてしまうのではないかと思ったくらいで。
ううん、と返すとそれ以上何も言われなかったので、再びお弁当をつつき始めた。
「そういえば…」
しばらく自然と続いた雑談の中、次に声を上げたのは、幸村くんだった。
「赤也。泌香さんにお礼をすると言っていたけど…結局どうすることにしたの?」
ああ!そうでした!と言いながらお弁当箱を置いて、親指を立てて切原くんは、
「今日の放課後、泌香先輩に練習見に来てもらうことにしたっス!」
ね!と満面の笑みで私の方を見た。うーん、この一言だけじゃみんなわかってくれないだろうな、と思いつつ精一杯の笑顔を少年に向けた。
隣では真田が、はぁとため息をついている。
「ね!いいでしょ!?部長!」
とうれしそうな切原くんの問いかけに特に答えるわけでもなく、
だいたいすべてを悟ったような幸村くんは、再び私の方を向いて一言。
「ほんとに、いろいろと苦労をかけっぱなしだけど…これからもよろしくね」
と言った。何をどうよろしくしたらいいのか、という突っ込みはここではしないでおこう。
とにかく、彼らとの付き合いが今日限りではなさそうだということを私も何となく悟った、ランチタイムだった。
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