short stories
□あなたといっしょ
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ダッダッダッダ……
俺は周りも気にせず、半ば逃げるようにテニスコートへと向かった。
あの時…もし幸村が現れていなかったら、俺はどうしていた?
あれほどまでに冷静さを失うとは、どうかしている。何故だ。あそこまで怒鳴る必要などなかったはずだ。
あんなことを泌香が本心で思っているわけなかろう。
もし仮にそう思っていたとしても、無論泌香には何の非もないはずだ。今回のことは、赤也が無理矢理誘ったようなもの。
それより、俺は泌香になんと言った?
お前など、都合の良いお人よしだ…泌香には、そう聞こえたのではないか?
ただ親切心だけで、どんな相手からの頼みも拒まず、自分にできることならという泌香の優しい気持ちを。
俺は踏みにじった。
何故泌香が、赤也の無理な頼みを2回も承諾したのか理由は分からぬが、それさえも泌香の優しさあってのことだ。
もとをたどれば、赤也のけがを治療してくれたことだって、泌香の親切心だ。
泌香にとっては、クラスメイトとのこともその一部にすぎん。
それ故に泌香がどんな用事を優先させようと、それは泌香自身が決めること。
それをあそこまで責めるとは…
結局、俺は赤也との約束も守れず、当の泌香にも赤也との約束を破らせてしまった。
もはや、泌香は二度とテニスコートには現れるまい。それどころか、俺のことも避けるだろう。
怖いと…思わせてしまったのだろうな。
『でも…優しいんだね。うれしかったよ。』
唐突に、昼間の泌香のはにかんだ笑顔が浮かんできた。
この俺に臆せず話しかけて、さらには俺のことを「優しい」とまで言った泌香に、
俺は自分の気持ちを優先させるために、牙をむいた。傷つけた。
もう後戻りはできまい。
この俺に向けてくれた、あの屈託のない笑顔を、俺は一瞬にして失ってしまった。
とんだたわけだ!真田弦一郎!!
俺はコート近くの水道までいくと、テニスバッグをそこへ放り投げ、ネクタイを外し、
頭から一気に水をかぶった。
頭を冷やさんことには、冷静にはなれん!
きゅっと蛇口を戻すと、当然だが髪から滴る水がぽたぽたと音を立ててシンクへと落ちた。
すると、後ろから何とも間の抜けた声が聞こえた。
「おいおい真田…何しとるんじゃ、頭から水かぶって…まさか頭冷やしとるなんて冗談か?」
仁王か…
「見ての通りだ。頭を冷やしている」
「ほんとじゃったか…頭は冷やせても、おまんの背中から熱気がむんむん出とるきによー」
「ふっ…そうか」
(笑った?不気味じゃのぉ…)
「ホレ。つかいんしゃい」
パシっ
反射的に自分へと投げられたものをつかむと、タオルだった。
「情けなどいらぬ」
「阿呆。親切心じゃ」
「…そうか。」
「じゃ、俺は先にいくぜよー」
「まて、仁王。」
俺はバッグを探ると、今朝がた蓮二と組んだ練習メニューを書いた紙を出した。
「すまんが、今日はお前に任せる」
「…おまいさん、頭おかしくなったんじゃなか?」
(この俺に練習を任せるなど…ありえんことじゃ…何があった?)
「ああ。少しおかしいかもしれん。」
「!?」
「故に俺は今日はラケットは握らん。走って来る」
「お、おい真田!」
俺はそのあと、ひたすら校内周を走った。
ただ、黙々と。己を戒めるために。
赤也には…なんと説明すればよいのだ。
泌香には…今後どう接すればいい…
俺は逃げている。赤也からも、泌香からも。
そして、かすかにその存在を主張し始めている、なんとも表しがたいこの感情からも…
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