short stories
□How many times do you fall in love?
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「別れましょう」
なんだ、この違和感は。
ああ、なるほどな。この言い方だ。
まるで俺が振られたみたいな、この言い方だ。
お前が付き合いたいと言ったんだ。だから俺は仕方なくお前と付き合っていたのだろう。
自分で始めたゲームに、耐えられなくなり、脱落してくだけのことだろう。
そうやって「私があなたを振る」という虚勢を張らなければ、お前は自尊心を保てない。
だからそのような物言いをするのだろう。
俺は彼女の言葉に、少しの落胆も失望もせず、そのようなことをぼんやりと考えていた。
もちろん、表面上は少し眉を垂れ、申し訳なさを装いつつ、だが。
俺はむしろ安堵した。ようやく、この永い永い冷戦が終わったのだ。
と言っても今回も3か月程。正確には3か月と5日と10時間。
しかし、俺の予測ではもうあと1週間は持つであろうと思っていたが。思わぬ変数が紛れ込んだか?
…と、自分の彼女との別れのカウントダウンをするとは…俺はよほど冷たい男らしいな。
走り去る姿を横目に見ながら、俺はため息をついた。
柳蓮二とは、持ってせいぜい半年だ。
周囲からそのように言われるのも無理はない。
彼女は泣いていた。俺は泣くことはなかった。
あいにく、そういう時のための涙は持ち合わせていないのだ。
柳蓮二は泣かない。
◇◇◇◇
その日の部活終了後。学校を出ようとすると校門の前にたたずむ一人の少女がいた。
あれは泌香唯厨、だな。昨年、俺と同じクラスだった。
知り合いだが、特別に仲がいいというわけでもなく、誰かを待っているのだろうとさして気にも留めずに横を通り過ぎようといた。
「あの、柳くん…ちょっといいかな」
しかし、彼女は俺を引き留めた。おどおどとしているのが手に取るようにわかる。
仕方ない。俺は弦一郎と精市と共に帰宅しようとしていたのだから。
「なんだ」
俺は足を止めて彼女の方に向き直った。
自分の出した声が予想以上にそっけなくて、その声に彼女の顔がさらにうつむくのを悟ったが、出てしまったものは仕方がない。
悪いが今日はあまり気分がすぐれないのだ。今日というこの日、この時間に話しかけてきたお前が悪い。
そう思うことで自分の態度を是正した。
「部活お疲れ様。それで、あの…」
「…手短に頼もう」
「は、はい。あの…」
しかし泌香はなかなか話を切り出せずにいる。
この間合い、俯く顔、握りしめられた両手……
――ああ、解ってしまった。
「蓮二、俺たちは先に帰るから」
俺の返事も聞かずに精市は弦一郎を促して校門を出ていく。
幸村もこの空気を読み取ったのだろう。
しかし、今日はついていないな。
例の彼女と別れたため、久々に気兼ねない友人と共に帰宅できると思っていたのに。
精市たちを見送って、再び俺は彼女の方に向き直る。彼女も視線を戻す。
「ごめんなさい…」
「別に気にするな。要件はなんだ?」
俺はわかりきったことをあえて聞く。
彼女は息を吐き、そのあと大きく吸いなおした。
「あの…私、ずっと柳くんのことが好きでした!」
意を決して、とはこのことだろう。
俺は幾度となくこの光景を目にしてきた。
俺の目の前で顔を真っ赤にして、目をつむるもの、見開くもの、逸らすもの。パターンは一つではない。
泌香は眉をひそめ、少し涙目になりながら俺を見上げた。頬はそれほど赤くはないようだ。
「ごめんなさい!彼女がいることは知ってるの…でも、どうしても気持ちを伝えたくて…!ずっと…忘れられなくて」
そこまで言い切ると泌香は何度か肩で息をした。まるで全速力で走ってきたあとのような荒い息づかいだ。
その顔からは恥ずかしさよりも、申し訳なさと少しの達成感を見て取ることができる。まさに一世一代という言葉がふさわしい。
――面白い。
珍しくデータに基づく根拠ではなく、直感でそう思った。
「彼女とは、実は今日別れたんだ。」
「え…そ…そうだったんだ…」
「そうだな…今度はお前と付き合おうか、泌香」
「えぇ!?」
「なんだ、それが望みなのだろう」
「そう、だけど、でも…あの…」
「彼女と別れたばかりでは、気が引けるか?」
「…」
「ん?」
「…」
泌香は、黙ってうつむいたまま、じっとしていた。
少しだけ、息が上がっているように見える。
何かにじっと耐えているようにも見える。
しかし、俺もこの状況をどうにかしたい。
告白されて、付き合うかと答えて、なぜ黙られなければならない。
それになぜ泌香はすぐに受け入れない?
他の女は飛び上がって喜ぶというのに…
「黙ってられては、俺も困るのだが」
今日は本当に、気が立っているのか。
自分の感情を制御できていない。
呆れたように出た俺の言葉に、
再び意を決したようにぐっと顔を上げた泌香は、言った。
「あの、柳くん…」
「なんだ」
「覚えてる?初めて話したときのこと…」
「…?」
「私と…初めて話した日のこと…」
ぴしり、
と何かが脳裏をかすめるような感覚に襲われた。
泌香と…
同じクラスになったのは、3年間で去年だけだ。
ということは、去年のことになるはずだが…
何故だ。何も思い出せない。
泌香が俺を見上げる、その眼を見れば見るほど、考えられなくなる。
ありえない。俺がたった1年前の記憶を呼び戻せないなど…
何故だ。この俺の思考を阻むものはなんなんだ…
「…覚えて…ないよね」
泌香はまたうつむき、ひどく残念そうにそうつぶやいだ。
目に涙は、ない。
「ごめん!今の全部忘れて!私、柳くんとはやっぱり付き合えない…」
「泌香…?」
「引き留めて、ごめんなさい。それじゃ」
泌香は、ぺこりと頭を下げると、くるりと向きを変えて走って行ってしまった。
俺はその後ろ姿を目で追いこそすれども、ただ呆然と校門の前でたたずむことしかできなかった。
つづく…