その他 読切
□桜木
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新雪を踏む。細く長い道を、歩いて行く。
薄く雪を被ったグラウンドの脇を通って、緩やかな坂を上る。綺麗に植えられたたくさんの木が、視界の端に映っている。その中の一つに、桜の色が見えた気がした。でも、確かめることはしなかった。
静まり返る学校を見上げた。昨日の華やかな卒業式が、嘘のようだった。僕らを送り出して、明日からは、またいつもの日常に戻るのだろう。
玄関近くのホワイトボードには、何も書かれていなかった。一週間後も、一か月後も黒い字で、いつも行事が書かれていたのに。
そういえば、「未来は白紙だ」みたいなことを、校長先生が言っていた気がする。真っ白な未来にそれぞれの夢を描け、と。
『くさい言葉だよなぁ』
不意に、親友の言葉を思い出した。エレベーターの外ガラスに反射した僕の顔が、ほんの少し笑っていた。見慣れた制服のネクタイピンが、きらりと光った。
階段を上る。手すりの小さな落書きを見て、液晶に浮かぶ彼女の文字を想起する。彼女が僕を、今日という日に呼び出す――それがどういうことか、何となく分かっていた。二年前の今日が、彼女の恋人の命日だったから。
彼女の恋人を、僕はよく知っている。あの人と僕は幼なじみで、高校生になってすぐ、彼女と出会った。なのにあの人は、彼女を残して逝ってしまった。交通事故だった。
僕は彼女に、何度も何度も、支えになりたいと言った。その度に彼女は、優しく笑っていた。
「…………」
彼女は一人、教室にいた。いつもの席に座って、窓の外を見ていた。長い黒髪が短くなっても、僕にはすぐに彼女だと分かった。
彼女もまた、制服を着ていた。
「まだ、この制服を着る機会があったんだな」
小さな背中に声をかけた。僕が吐いた息が、白く溶けていった。
「ごめんね。呼び出して」
外を見つめたまま、彼女が言った。
僕は無言で窓に寄る。いつの間にか、霧のような雨が降っている。
僕は、深く息を吸い込んで言った。